“名参謀”高代延博さん死去 数々の名将支え、阪神時代の野村克也さんからは「日本一の三塁ベースコーチ」

[ 2025年12月11日 05:15 ]

09年、第2回WBC日本代表で三塁ベースコーチを務めた高代さん
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 阪神中日広島などでコーチを歴任した高代延博さんが9日午後8時42分、食道胃接合部がんのため死去した。野球部監督を務めていた大経大が10日、明らかにした。71歳。葬儀・告別式は非公表。

 智弁学園(奈良)、法大を経て、東芝から78年ドラフト1位で日本ハムに入団。88年に交換トレードで広島へ移籍し、翌89年に現役を引退した。

 現役時代以上の輝きを放ったのが、コーチとしての人生。90年に広島の1軍コーチに就任すると、当時の山本浩二監督から任された三塁コーチが“天職”となった。中日、日本ハム、ロッテ、韓国・ハンファ、オリックス、阪神でコーチを歴任。阪神時代に野村克也さんから「高代は日本一の三塁ベースコーチ」と称賛の言葉も贈られた。日本代表コーチとしても09年の第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で世界一連覇に大きく貢献。星野仙一、落合博満など多くの名将の下で、その手腕を発揮してきた。

 20年に阪神を退団した後はアマチュア球界で指導を継続。21年から大経大の臨時コーチを務め、23年には監督に就任した。病魔に侵されていることが判明したのもその頃だったが、手術を受けてグラウンドに立ち続けた。

 今年8月も関東遠征に同行するなど力を振り絞ったが、9月に入って病状が悪化。家族の強い説得で入院し、晩年は緩和ケア病棟で静かな余生を過ごした。

 病室には大経大のユニホームが飾られ、手の届くところに白球も置かれた。座右の銘は「一所懸命」。球界にその名と、数多くの教え子を残した名コーチは、最後まで野球人としての人生を貫いた。

 高代 延博(たかしろ・のぶひろ)1954年(昭29)5月27日生まれ、奈良県出身。智弁学園から法大、東芝を経て78年ドラフト1位で日本ハム入団。遊撃手として79年にダイヤモンドグラブ賞、80年にベストナイン。88年に広島へ移籍し、翌年限りで引退。引退後は広島、中日、阪神などでコーチを歴任。09年、13年WBC内野守備走塁コーチ。近年はアマチュアの指導にも携わり、23年から大経大野球部監督を務めた。右投げ右打ち。

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