昭和の過酷なブルペン事情 初回から肩をつくった“鹿取大明神” 気づいたら「150球投げてました」

[ 2025年11月8日 18:30 ]

角盈男氏
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 BS10の野球トークバラエティー「ダグアウト!!!」(木曜後10・00)が6日に放送され、ともに巨人などで救援投手として活躍した角盈男氏(69)と鹿取義隆氏(68)の同学年コンビがゲスト出演。今では考えられない昭和の過酷なブルペン事情を明かした。

 「ブルペンでの裏話」というトークテーマの時だった。

 まずは鹿取氏が「(試合の)映像を見る時に気持ちのスイッチはあまり入れないようにして、サーッと見ながらだんだん出るタイミングでスイッチを入れる」と試合展開によっていつ登板するか分からない救援陣の気持ちの持っていきかたについて語ると、角氏も「肉体的にはしんどくないんですよ、そんなに。ところが、試合に出る雰囲気になって気持ちをずっと上げていかないといけないんですよ。3回目が限度かな。あとは精神的に参っちゃう」と共感した。

 すると、現役時代に“鹿取大明神”と呼ばれた鹿取氏は敵地・横浜であった経験を語り出す。

 「先発ピッチャー誰か忘れたんですけど」としながらも、不安定な立ち上がりのため初回からブルペン入りして投球練習を始めたという。

 「初回から用意して、いくぞいくぞって言っていかない。2回もいくぞって言っていかない。出るまで150球投げてました」

 今では考えられないブルペン陣の負担に、スタジオは「え~っ!」の嵐。さすがに「鹿取150球いってる…」と気づいてもらったが、鹿取氏は「いや大丈夫です、大丈夫です」と言って登板に備えたという。

 「結局、出番はなかったんです。こっち(角)いったと思うんだけど、展開的に」。ともに横手投げだが、鹿取氏は右投げで、角氏は左投げ。ブルペンで150球投げたものの登板機会はなかったが「それが仕事なんで」とあっさり振り返る鹿取氏だった。

 当時は「最高で9連投ぐらいあった」という鹿取氏。角氏も「6連投、7連投は普通にあったよ」と話し、角氏が「いま現役やりたいな」と口にすると、鹿取氏も「そうだな」と苦笑いだった。

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