【阪神・平田2軍監督語録】現役引退の原口文仁へ惜別「病気と闘う人へいろんな勇気を与えてくれた」

[ 2025年10月1日 05:15 ]

2019年、阪神の平田2軍監督(左)と原口
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 阪神・平田勝男2軍監督(66)が9月30日、引退会見を行った原口文仁内野手(33)について思いを語った。SGLスタジアムで取材に応じ、ルーキーイヤーの思い出や日々の勇姿を懐かしみ、先輩後輩を問わず愛された“愛弟子”へ、惜別メッセージを送った。

 以下、平田2軍監督と一問一答。

 ――原口が現役引退を表明した。
 「原口は“1年目からお世話になって…”という話をして。やっぱりあいつの初ヒット、ナゴヤ球場でライト前に打ったの覚えているもん」

 ――ファームのとき。
 「そうそうそう。この子は帝京高校から来て、バッティングがすごくいい、と(聞いていた)。その時から、もうバッティングが良かったよ」

 ――現役生活16年。入団時にこれだけ長くできると思っていたか。
 「思ったよ。バッティングはやっぱり良かったし、キャッチャーとしての、まず、やっぱり彼の人間性っていうか。もう入ってきた時からあのまんまよ」

 ――後輩に慕われ、先輩にかわいがられた。
 「そのまんま。練習に熱心に打ち込んで、なかなか、真面目な、真摯に野球にね。ちょっと横田(慎太郎さん)とダブるところがあるけど。そういう打ち込む姿勢っちゅうのは、今もこうやって若い選手の前で、室内に早く来て打ったり、糸原や渡辺や楠本もそうだけど、こんだけ長くやるっていう選手たちは、準備っていうか、そういうのをしっかりやってるっちゅうのを、今の若い選手にいい見本を示してくれた。守備でも一生懸命。やはり“一生懸命”っていう言葉。真面目に、真摯に、一生懸命打ち込むっていう姿。彼の人間性がやっぱりプレーに出んねん。ほんと、1年目の初ヒットから、もう(頭に)焼き付いてるもん、ライト前。そういう話をちょっと原口ともしたけどな。“1年目から付き合っているもんなあ”って」

 ――大腸がんもあった。他の選手ともまた違う。
 「やっぱり苦しい時期があったと思うし、育成(経験)もね。腰も悪かったし、いろんなところで故障とか、そういう病気にも打ち勝つだけのね。大腸がんの時は、異常に眠かったらしいわ。(病院に)行くまでは。“なんでこんな眠たいんだ…”と(原口が)。何か予兆あったんか?ってフミ(原口)に聞いたら“やけに眠かったです”っていう話をしてくれてたけど。そういう検査ちゅうのは大事だなって、つくづく感じたし。そういう病気とか、いろんな人と戦ってる人たちにも、彼はいろんな勇気を与えてくれたんじゃないかな」

 ―今年も苦しんでいた。
 「それにもめげず、いろんなことをフミはチャレンジするっていうか。もっと良くなりたい、もっと良くなりたいっていうことで、今年“いろんなことをやりすぎてるんちゃうか”みたいな。元々バッティングいいのに、もっと良くなろうとしてきて、キャンプからずっと、彼はいろんなことに取り組むから、ちょっとそういうところで、今年の前半はね、調子が上がってこなかったけど。今こうやって、ファームでスピンがかかった打球とか、今になって本来のお前のバッティングになってきたやん、っていう話をね、してたとこだよ」

 ――もったいない部分も。
 「いや、もったいないとは思わないもん。やっぱり彼が決断してこうやって、これはもうそういう自分の決断なんで、もったいないっちゅう言葉は、当てはまらないですね。彼の決断。家族と相談してのあれ(引退)だから。そこはもう我々も、彼の気持ちを(汲んで)ね。もったいないってことは、ないんじゃない。彼はやりきったということだと思いますよ。彼本人からすると、もうやりきったっていうことだから、引退するっていうことですので。ほんと、ご苦労さんっていうか、まだまだ若いんでね。いろんな勉強をして、彼は、そういう人間性なんで。いろんな勉強して、これから野球以外にも、いろんなことに携わって勉強してほしいよ」

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