ヤクルト・高津監督 長嶋さんは「プロ野球をつくった、大きな存在」野村監督時代のライバル関係懐かしむ

[ 2025年6月3日 18:40 ]

<西・ヤ>囲み取材に応えるヤクルト・高津監督(撮影・篠原岳夫)
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 ヤクルトの高津臣吾監督(56)は3日、交流戦初戦となる西武戦(ベルーナD)の試合前に取材に応じ、この日朝に89歳で死去した長嶋茂雄終身名誉監督を追悼し、思い出話を交えプロ野球界のレジェンドをしのんだ。

 球界のレジェンドの悲報を受け、高津監督は「ずっとお体を悪くされていたので、心配はしていたんですけど、り亡くなったという報告をもらった時はやっぱり言葉にならなかったですし、驚いたというのが一番ですね」と無念の表情。「同じユニホームを着たことがないので、そんなにいつも親しくという感じではないんですけど、ただ現役の時のオールスターであったりとか、名球会のオフのイベントのであったりとか、凄く気さくに話をしてくれました、あいさつもしていただきましたし。やはり僕たちは90年代、野村スワローズと長嶋ジャイアンツというところが、相手監督として、ジャイアンツを意識していましたしね。野村監督もね、そういうところを意識されて、ジャイアンツを見て厳しい野球をされてきましたので。非常にこう、直接話をしなかったにしても、非常に大きな影響を受けた長嶋監督だったと思います」と声を絞り出した。

 選手と監督という立場ながら同じ時代を戦ってきた指揮官にとって「僕はギリギリ現役の時を、小学校1年生か、幼稚園生ぐらいの時に多少記憶している程度なんですけど…これだけ現役を離れられても、ユニホームを巻頭として脱がれても、大きな影響を与えてこられたのは、過去に長嶋監督以外にはいないのではないかなと。やはり長いプロ野球の歴史の中で非常に大きな影響であったり、人気であったり、NPBをつくった、プロ野球をつくった、大きな存在だったんじゃないかなと思いますね」と、大きな大きな存在だったと語った。

 野村克也監督の下で長嶋巨人と戦ってきた高津監督は「長嶋監督を見ながら投げていたわけではないけど、その前後の野村監督の話であったり、その当時のスワローズとジャイアンツの関係性であったり。ライバル関係であったりというのは、相手監督を見ながらうちの監督も見ながら強く意識させられたのは間違いないと思いますね」とライバル球団として見えた景色を回想。「ジャイアンツに勝たないとチャンピオンになれないと思っていたので、非常に長嶋ジャイアンツというのは意識していました。もちろん他の4球団に勝たないとというのはあるんですけど、まずはジャイアンツをという意識は非常に大きかったと思います」と懐かしそうに振り返っていた。

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