【内田雅也の追球】「遺恨」よりも強い力

[ 2025年5月17日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神2―4広島 ( 2025年5月16日    甲子園 )

<神・広>メンバー表を交換する藤川監督(左)と新井監督(撮影・須田 麻祐子)
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 岩崎優にもこんな夜はある。2―2同点の9回表に登板し敗戦投手となった。もちろん先頭打者への四球は痛かった。2死後、連続適時短長打されたのも岩崎である。

 ただ、2死二塁で外野陣は相当な前進守備を敷いていた。そこに速い打球の中前打が飛び、それでも二塁走者の生還を許したのはいただけない。

 近本光司―中野拓夢―坂本誠志郎の中継プレーとなったのだが、それぞれに事情はあろうが、捕球時、まだ三塁手前だった走者・大盛穂に本塁突入されたのだ。無念の決勝点献上だった。

 阪神は敗れたが、首位攻防の熱い戦いだった。

 試合前、本塁でのメンバー交換の際、広島監督・新井貴浩は阪神監督・藤川球児と目も合わさなかった。藤川は笑顔で歩み寄ったが、新井は目を伏せたまま、ベンチに下がった。

 前回対戦の4月20日(甲子園)で阪神が受けた死球を巡る一件が尾を引いているのだろう。新人の岡本駿が坂本誠志郎に頭部死球を与え、藤川がベンチから血相を変えて飛び出し、あわや乱闘の騒ぎになっていた。

 今や死語だと思っていた「遺恨試合」が頭に浮かぶ。乱闘も昭和のプロ野球ではよく見られた。当時、野球批評家を名乗った草野進は<今年こそ派手な乱闘を夢見ずにはいられない>と書いていた。一触即発の空気が見る側を興奮させた。

 ただ、時代は平成、令和と移り変わり、球場の空気も一変している。チームの枠を超えての自主トレや侍ジャパンなどチームの編成で、選手間の交流は進んだ。乱闘を呼ぶ空気など感じない。

 現にこの日も練習中に件の死球を与えた岡本と捕手・石原貴規が坂本のもとを訪れ、笑顔が浮かんでいた。わだかまりなどなかった。

 確かに「怒り」は力である。野村克也の言う「憤怒の力」だ。だが、ニューヨーク支局時代、剛腕ランディ・ジョンソンが「昔は怒りがエネルギーだった。今はそれより強い力を知っている」と語るのを直接聞いた。「それはgentle(やさしさ)だ」

 それは木浪聖也が放った同点打で見えた。ベンチを温めていたころ、遊撃を争う小幡竜平や高寺望夢の活躍に拍手を送っていた。長年ブルペン陣を気遣い、支えてきた岩崎は必ずやり返すだろう。やさしさは静かだが、より激しい闘志を生むのである。 =敬称略= (編集委員)

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