応援団部で「パティシエのたまご」の私が甲子園優勝の名門校で初の女子マネジャーになった理由

[ 2025年5月11日 14:37 ]

1985年創部の桐生第一野球部で初の女子部員となった遠藤マネジャー(中央)=撮影・柳内 遼平
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 春夏合わせて15度の甲子園出場を誇り、99年夏の甲子園では群馬県勢初の日本一に輝いた桐生第一で、初の女子部員となった遠藤和穂マネジャー(3年)がアツく青春を燃やしている。入学当初は応援団部に所属していたが、1年10月からマネジャーとして野球部に加わった。野球への情熱、行動力で歴史を切り開いてきた軌跡に迫った。(取材 アマチュア野球担当キャップ・柳内 遼平)

 今春の群馬県大会で準優勝し、関東大会(5月17日開幕、茨城)の出場権を手中に収めた桐生第一。「桐一(きりいち)」の愛称で親しまれる野球部に、いつもと異なる光景があった。創部40年で初の女子部員の遠藤マネジャーが記録員として初の公式戦ベンチ入りを果たしていた。
 
 「練習試合とは違う緊張感がありました。選手たちが凄く楽しそうにプレーしていて本当にうれしかった。決勝では健大高崎さんに負けてしまったんですけれど、関東大会では結果を残せるように私もサポートを頑張ろうと思います」

 これまで男子部員のみだった野球部で新たな道を切り開いた。桐生第一での入学当初は応援団部に所属していたが、1年夏の群馬大会で応援した野球部の姿に一目惚れ。決勝もスタンドから声を枯らすも、前橋商に敗れて甲子園出場はあと一歩及ばなかった。熱戦後も心に灯った炎は青く燃え続けた。

 「野球部の選手たちから感動をもらえたので自分でもっと何かできることはないかと考えました。元々、家族も私も野球が大好き。桐生第一はこれまで野球部に女子マネジャーがいないことは知っていたんですけれど、“とりあえず行ってみよう!”と思いました」

 前例なくとも迷いなし。野球部の指導陣に入部を直訴し、2度の面談を経て同年10月から仮入部が許された。先輩マネジャーがいないため他校のような蓄積されたノウハウはゼロ。何をすればいいか、誰も知らない。それでも野球部の力になるため、すぐに始められる掃除からスタート。謎の記号が並ぶスコアの記入方法は選手に教わり、練習試合の際には他校のマネジャーから場内アナウンスの方法など「マネジャーのイロハ」を聞いた。1つずつできることが増える喜び。翌年1月には念願だった正式入部が認められた。

 学業を部活動に生かした新しいマネジャーの形も体現した。学校ではパティシエや菓子職人を目指すための「製菓衛生師コース」に所属。和菓子、洋菓子、パンなどをつくった経験と学んだ衛生学、食品学の知識を生かし、バレンタインデーなど節目にはマドレーヌ、ガトーショコラを選手に振る舞った。さらに坂田光由部長の勧めもあり、今春の群馬県大会から記録員としてベンチ入り。「勝利の女神」を得たチームは11年ぶりに関東大会の切符をゲットした。

 高校野球では多くのチームで女子部員がマネジャーとして活躍している。ただ、以前の桐生第一のように女子マネジャー制を採用せず男子だけで戦うことを選択するチームもある。今泉壮介監督は「やはり時代に対応していかなければならない。今までいなかった女子部員が加わることでチームのバランスがどうなるのか、プラスに進んでいくのか、本人に続けていけるだけの熱意があるのかを見極めたかった」と仮入部の期間を回想。ゼロから己の役割、居場所をつくった遠藤マネジャーの仕事ぶりを評価し、「チームにとって必要なポジション。誰かが続いてくれればいい」と後継者の出現に期待した。

 チームを統率する土田太河主将(3年)は「部として経験がないことだったので、最初は“女子マネジャーがいることでどうなるのか”という不安もありました」と正直に打ち明ける。夏の猛暑でも、冬の厳しい冷え込みの下でも選手と共に歩み、チームに欠かせない存在になった遠藤マネジャー。土田主将は「この野球部に対しての愛を感じる。最後の夏は結果で恩返したい」とアツい思いを胸に秘めている。

 遠藤マネジャーは入学以来、毎年夏の群馬大会で涙を流してきた。応援団部の一員だった1年夏は感動の涙、マネジャーとして挑んだ昨夏は健大高崎に競り負け、悔しさの涙が頬を伝った。そして、高校野球最後の夏は「やっぱり、うれし涙にしたい」と誓う。左手にスコアブック、右手にペン。ナインの一投一打を刻んでいく。

 ◇遠藤 和穂(えんどう・かずほ)2007年(平7)12月13日生まれ、栃木県足利市出身の17歳。東山小、足利第三中を経て、桐生第一では応援団部に入部し、1年10月から野球部に所属。将来の夢は「野球関係の職に就くこと」。趣味は野球観戦。好きな言葉は「失敗は成功のもと」。

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