巨人戦での「屈辱」から始まった火の玉伝説 監督としても、伝統の一戦で喫した大敗からの逆襲に期待したい

[ 2025年3月10日 08:00 ]

オープン戦   阪神2ー8巨人 ( 2025年3月9日    甲子園 )

03年4月11日、巨人戦の9回、後藤に同点3ランを浴び、ぼう然と打球を見送る藤川
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 【畑野理之の談々畑】3回2死一、三塁で、藤川球児監督はベンチから出てマウンドへ向かった。足どりは重く見える。先発・西勇輝の尻をポンと叩いて交代を告げた。この時点でスコアは0―7。緊急登板した岡留英貴もトレイ・キャベッジに適時二塁打され、さらに点差は広がった。

 就任して初めての伝統の一戦。オープン戦にもかかわらず甲子園球場は4万1839人が埋め尽くした。7回にはジェット風船も舞った。注目度は高い。期待も大きい。勝敗は度外視できる時期とはいえ、あまりの内容の悪さに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

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 あの時も藤川球児と巨人戦やったなあ。今でも語り継がれるシーンを思い出した。

 03年4月11日、東京ドーム。7―1とリードして迎えた9回裏、2死から2点を返されて7―3となり、なお2死一、三塁で吉野誠が仁志敏久を2ストライクと追い込んだところで、星野仙一監督は当時22歳の藤川にスイッチした。フォークボールで空振りを奪ってこいと送り出されたが、仁志に中前適時打された。さらに2死一、三塁。藤川は代打・後藤孝志にフォークボールを右翼席に放り込まれる3ランで追いつかれた。

 その試合は延長12回、8―8で引き分けた。試合後の宿舎で星野監督は選手たちに「俺の継投ミスやった」と頭を下げた。それでも翌12日と13日に巨人に連勝し、「みんな大したものや」と手応えを感じたという。一丸となったチームはリーグ優勝まで突っ走った。

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 藤川監督も決して忘れることのできない一戦。その年限りで現役引退する20年10月23日、東京ドームでの試合を前にツイッター(現X)に投稿した。「東京ドームの思い出…、思い出しています。2003年、後藤選手に同点ホームランを打たれたことかな。今回はその時のリベンジや。なぜか15年以上前のリベンジを誓う…ふじかわきゅうじ選手でした。チームの勝利が1番」(原文ママ)

 その試合でマスクをかぶっていた矢野燿大氏(本紙評論家)も、後に「9回3点差リードで、2アウト、2ストライクで後藤にホームラン打たれた。あそこから球児の伝説がスタートしたのかな」と回想している。

 火の玉の出発点が巨人戦での屈辱だったのなら、2―8で敗れたこの日の大敗にも期待したい。

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