菅野智之 野球人生最悪のスランプから再びメジャーの夢へと背中を押してくれた「人を前向きにさせる天才」

[ 2025年3月10日 23:03 ]

オリオールズ・菅野智之(ロイター)

 オリオールズの菅野智之投手(35)が9日にBSテレ東で放送されたBS25周年共同企画「今、BSが伝える野球 【第五夜】」の「菅野智之の挑戦には物語がある」(後6・55)に出演。2023年シーズンに野球人生のどん底を味わった菅野を、再び夢のメジャー挑戦へと背中を押してくれた恩人について語った。

 20年オフにコロナ禍の影響もあり条件が折り合わずメジャー挑戦断念という苦渋の決断を下した菅野。2017年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)準決勝・米国戦で最高のピッチングを見せ、その後2年連続で沢村賞受賞、19年からリーグ連覇とメジャー挑戦へ最高の歩みを見せてきた右腕は、最高のタイミングでの米移籍を逃し、そこから歯車が狂っていく。23年には自己ワーストの4勝8敗。野球人生最悪のスランプを味わった右腕のメジャーへの気持ちを再び奮い立たせてくれたのは、巨人の5歳上の先輩・長野久義だった。

 菅野は23年シーズンを「ブルペンで投げても130キロちょっとしか出なくて…これはいよいよヤバいなって自分の中で(思った)。本当に身をもって体験した…自分の中では凄く大きな屈辱だった」と回想。そんな中で、2024年1月に一つの分岐点があったという。

 もう一度夢と向き合わせてくれた言葉――。菅野は24年1月の自主トレに来てくれたという長野から掛けられた言葉を振り返り「“俺は智之がメジャーで投げているところを見たいな~”って言ってくれて。“まだ全然いけるよ”って…。凄い(長野は)スーパーポジティブな人だから。あの人は凄いのよ…人を前向きにさせる天才というか。こんな僕に夢を見てくれている人がいるんだって思いましたね」とアマチュア時代からともに日の丸を背負い、プロの世界に入る際には、他球団の指名を断り遠回りしながらも巨人入団を果たした兄のような存在からの言葉が、再びメジャー挑戦への自身の気持ちを呼び覚ましてくれたと明かした。

 その長野は「智之が19歳の時から見てますし、ジャイアンツのエースですし…アメリカで投げている姿を見たいなとずっと思っていました。体が元気であれば智之は絶対やれるなと思っていたんで。覚悟というか…もう絶対とにかく投げた試合は勝つというね。元々そういう負けず嫌いなところが凄くありますし、それが去年は特に強かったんじゃないかなと思います。1回(メジャー挑戦が)ダメになったら、普通だったら多分、それでもうこのまま日本で終わると思うんですよ。でも、智之さすがだなって思ったのは、やっぱりもう1回しっかり日本で成績を残して向こうでプレーするという、そういう夢をかなえた姿を本当に尊敬します」と思いを語った。

 「チョーさんも、凄く僕にとっての恩人」。夢の舞台に立った菅野は、ここまでオープン戦3試合に投げ、計7回を4安打無失点、7奪三振、2四球で防御率0・00と最高の結果を残し、開幕ローテーション入りへと着実に歩を進めている。35歳のオールドルーキーは、恩人に最高の報告をするためにも、開幕に向けて、そして長いシーズンも、腕を振り続ける。

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