【内田雅也の追球】イノベーションへの重盗

[ 2021年2月17日 08:00 ]

練習試合   阪神2ー2楽天 ( 2021年2月16日    宜野座球場 )

<神・楽>8回1死一、三塁、打者・井上のとき、ダブルスチールで本塁を狙うもアウトになる三走・中谷(撮影・坂田 高浩)
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 イノベーションは技術革新や経営革新と訳される。物事の新しい切り口やとらえ方を創造する行為、そして、それらを自発的に生みだす人や組織の変革を意味する。

 “自発的に”である。「指示待ち族」では起きない変革である。

 ならば、16日の練習試合・楽天戦(宜野座)で阪神がみせた重盗はイノベーションの芽だった。

 同点に追いつかれた直後の8回裏、1死一、三塁だった。打者の4番・井上広大のカウントが3ボール―1ストライクとなって、一塁走者の新人・佐藤輝明(近大)がスタートした。投球はストライク。捕手が二塁に送球した瞬間、三塁走者・中谷将大が本塁に向けて走った。ボールは二塁手前で遊撃手がカットし、本塁送球。足からすべり込んだ中谷は間一髪、アウトだった。

 試合はノーサインだったはずだ。ベンチからの指示などないだろう。つまり、選手たちが自発的に行った重盗だった。

 中谷は佐藤輝が走ったのを見て本塁突入を決断したのだろう。“重盗で本塁を奪える”との予感や目配せがあったか。もしくは“次の球でいく”とのアイコンタクトだろうか。あうんの呼吸だろうか。とにかく、選手が自ら考えて事を起こしたという点を評価したい。

 「何もしてないよ」と試合後、監督・矢野燿大は言った。やはりノーサインだった。そして「ナイスチャレンジじゃないかなと思ってる」とたたえた。アウトになったが「全然いい」。

 「将大がもう少しスピードアップしてくれれば」は冗談だ。本番ならリプレー検証をリクエストするほど際どかった。

 さらに北條史也が5回裏に決めた二盗も「あれだけけん制(4球)させて」とたたえ「ああいうのが、やっぱりウチの野球」と果敢に次塁を狙う姿勢に満足していた。

 「試してみることに失敗はない」と米コラムニスト、デイル・ドーテンの『仕事は楽しいかね?』(きこ書房)にある。ノーベル賞学者・山中伸弥の愛読書だそうだ。

 コカ・コーラやリーバイスなど、多くのイノベーションの成功例が書かれている。『夢をかなえるゾウ』のようで、同書を愛読する矢野も読んでいるかもしれない。

 アイデアはうまくいかないものだ。だが試さないことには何も生まれない。重盗は失敗だったが成功への一歩だったかもしれない。=敬称略=
 (編集委員)

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2021年2月17日のニュース