【内田雅也の追球】「天国」の球場が待つ 

[ 2021年1月28日 08:00 ]

タイガースを待つかりゆしホテルズボールパーク宜野座
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 破産寸前のトウモロコシ農場主が「それを造れば、彼は来る」という天の声を聞く。畑をつぶして野球場を造ると、すでに亡き伝説のシューレス(はだしの)ジョー・ジャクソンが現れる。

 映画『フィールド・オブ・ドリームス』(1990年・日本公開)の野球場の美しさは息をのむ。ジャクソンが「ここは天国かい?」と尋ねたほどだ。DVDを買い、何度も見返している。そのアイオワの野球場で来年夏に大リーグの試合も計画されているそうだ。

 ジャクソンをはじめ、1919年の八百長事件で永久追放となった「悲運の8人」は畑の中から現れる。映画で、ただ一人、畑の向こう側へ入ることが許されたのは黒人作家テレンス・マンだが、W・P・キンセラの原作小説『シューレス・ジョー』(文春文庫)では実在の作家J・D・サリンジャーだった。

 27日はその命日だ。2010年、ニューハンプシャー州コーニッシュの自宅で永眠した。老衰、91歳だった。晩年の隠遁(いんとん)生活で世捨て人のイメージが強かった。経歴や私生活も謎の部分が多い。

 小説ではサリンジャーが野球好きだったと描かれている。主人公の農場主が文芸雑誌に載ったインタビューでのサリンジャーの言葉を本人に投げかけている。「子どものころ、ポロ・グラウンズで野球をやるのがわたしの最大の望みだった」

 ポロ・グラウンズとはニューヨークにあった当時のジャイアンツの本拠地球場である。甲子園球場のモデルにもなった。「外にはポロ・グラウンズがあると思うかい?」と言い残し、サリンジャーは畑の向こうに去る。

 野球場に思い描く夢である。キャンプインが迫ったこの時期、沖縄・宜野座を思う。南国の野球場は特に朝がいい。まだ誰も足を踏み入れていないグラウンドの土、朝日に光る芝がいい。
 阪神園芸のグラウンドキーパーたちは26日に現地に入り、整備に励んでいる。「天国」を造る作業である。もうすぐ阪神の自主トレ組が訪れる。

 「長い年月まったく変わらないもののひとつが野球だった」と、小説でサリンジャーが語っている。「スチームローラの行進のように通りすぎる間、野球はじっと一か所で足踏みしてきた」
 変わらぬことが喜ばしい。昔も今も球春到来の興奮がある。「天国」がある。 =敬称略=
 (編集委員)

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