【タテジマへの道】青柳晃洋編<上>なぜその投げ方に?「ヘタクソだったから」
スポニチ阪神担当は長年、その秋にドラフト指名されたルーキーの生い立ちを振り返る新人連載を執筆してきた。いま甲子園で躍動する若虎たちはどのような道を歩んでタテジマに袖を通したのか。新型コロナウイルス感染拡大の影響で自宅で過ごす時間が増えたファンへ向けて、過去に掲載した連載を「タテジマへの道」と題して復刻配信。第5回は15年ドラフトで5位指名された青柳晃洋編を2日連続で配信する。
代名詞となっているサブマリンはいつ、どうやって習得したのか。現在の野球界には珍しいアンダースローとの出会いは偶然で、何げなく始めたことが今や最大の特長となり武器となった。そんな青柳晃洋の野球人生を振り返る。
小学5年で野球を始めた。ボールを壁に投げて、跳ね返ってくるボールを取る“1人キャッチボール”にハマッていたときに、友達からの誘いで少年野球チーム「寺尾ドルフィンズ」に入団する。当初は野手だったが、小学6年で投手に転向した。その理由を「(ボクが)野手がヘタくそだったからですよ」と笑い飛ばす。
その言葉どおり、元々投手志向が強いわけではなかった。当然、上から、つまりオーバースローだった。当時のコーチから横手投げを薦められ、抵抗なく新フォーム習得に着手していた。やはり理由は「(ボクが)上から投げるのもヘタくそだったからです」と同じくうそぶいていた。
しかし、いま思えば、それが運命的な出会いだった。サイドスローに必要な関節の柔軟性に優れており、習得は早かった。目立つ投球フォームも、子ども心をくすぐられたのかもしれない。自宅でもシャドーピッチングを繰り返し、母・利香さんや兄・勇輝さんに感想を求めては自分なりに解析。メンバー入りを果たすようになった。そして地元では知れ渡る存在にもなっていった。
「ヘタだったから」と野手から投手へ、同じく「ヘタだったから」と上手投げからアンダー気味のサイドスローへ―。偶然が重なり、いつしか、当然導かれるように、同タイプの阪神OB小林繁をめざすようになった。
1993年12月15日、青柳家の次男(第2子)として生まれた。体重は2990グラムで、母は「3000グラムを超えたら産むのも大変と聞いていたのでお腹にいたときから『3000で生まれてきてね』と言っていたんです」と出産時から“孝行息子”だった。
野球を始めるまでは兄の背中を追いかけ、自転車で遊びにいく兄の後ろを全速力で走っていた。年上と夕方遅くまで外で遊び続けるのが日課で、活発な子どもだった。
横手投げを自分のものにし、地元・生麦中の野球部に入った晃洋を待っていたのはケガで投げられない日々だった。他の部員が練習する中、グラウンド周りを黙々と走る―。中学時代のほとんどをそうやって過ごした。「満足のいく成果を出せなかったし、プレーしたかったのにプレー出来なかったという意味で、あの3年間がしんどかったです」と当時を思い出すと、渋い表情になった。
1年生の夏に、右肘痛に見舞われ全治に6カ月を要した。ノースローを厳命され1日約10キロの走り込みなどを繰り返した。2年秋に一度、背番号をもらったが同冬に今度は体育の授業中に右足付け根の骨盤を剥離骨折し全治4カ月と診断された。「タイミングも最悪で…。野球じゃないところで怪我してしまったことを後悔しています」と振り返る。
治療を最優先するようにと練習参加も強制されてはいなかったが、欠かさず練習には顔を出し、声出しや雑用など出来ることをやってチームに貢献しようとした。殊勝な姿を見たチーム関係者が、母・利香さんに「一度練習を見に来て、頑張っている姿を見てやってください」とお願いしてきたという。だが、「そんな姿を見られたら本人も悔しいだろうし、私も泣いちゃうから」と断った。
怪我に泣かされ続けた晃洋だったが、最後に野球の神様から少しだけチャンスをもらった。中学生活ラストとなる3年夏の横浜市大会に背番号11で出場。ビハインドの試合で登板すると、悔しさばかりを味わった3年間の思いを白球に込め必死に腕を振った。2回無失点。打者6人に対し5奪三振と会心の投球だった。「ずっと苦しかった。でも最後に結果を残せて、少しすっきりしたところもありました」。試合には敗れたが、充実感に満ちていた。(2015年11月16、17日付掲載 あすに続く)
◆青柳 晃洋(あおやぎ・こうよう)1993年(平5)12月11日生まれ、横浜市出身の21歳。小学5年から寺尾ドルフィンズで野球を始める。生麦中では軟式野球部に所属。川崎工科では甲子園出場はなく3年夏の神奈川大会16強が最高。帝京大では1年春から登板しリーグ戦通算15勝。最速144キロにスライダー、カットボール、シンカー。1メートル81、79キロ。右投げ右打ち。
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