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【全国ジャケ食いグルメ図鑑】灯台下暗し実に誠実な店

[ 2016年6月17日 05:30 ]

東京・吉祥寺にある「思ひ出」
Photo By スポニチ

 人気ドラマ「孤独のグルメ」の原作者、久住昌之さんが外観だけで店選びをする「全国ジャケ食いグルメ図鑑」。家の近所にあるのに一度も入ったことのない店ってありますよね。でも、店構えをじっくり見てみると新たな発見があるもの。「ジャケ食い」は灯台下暗しだった“隠れた名店”をあなたに照らしてくれます。

 すぐそばに昔からあるのに一度も入ったことのない店というのが、ごくたまにある。

 吉祥寺駅から2分という場所にある、この店がそうだ。この街で酒を飲むようになって40年近くになる。もちろんこの店の存在は若い頃から知っている。この店の前も何百回と歩いてきた。

 なのに入ったことが一度もない。入ろうとしたこともない。それどころか数多くいるこの街の知り合いに、この店の話を聞いたことがない。

 そのことに昨夜突然気づいた。なぜだろう?なぜボクはこの店に入ろうとしなかったのか?たまたまマンガの打ち合わせがあったので、編集者らと3人で急遽(きゅうきょ)ここに行くことにした。

 あらためて見ると、実にシンプルで清潔でいいジャケット(店構え)じゃないか。古いけれど清潔な木の引き戸がシブい。真っ白の暖簾(のれん)も目に心地よい。さりげない鉢植えも、よく手入れされている。同じ仕事をたゆまず長い年月繰り返してきた「誠実」が感じられる。

 店名「思ひ出」。考えてみると、このタイトル(屋号)が若かったボクをひるませていたのではないだろうか。思ひ出って、若者が入る店ではない。「季節料理」というサブタイトルも大人だ。それも年に2回ボーナスをもらえるような大人が、たまに暖簾をくぐるイメージがある。

 横にメニューがいくつか半紙に筆書きされて貼ってある。今まで気にしたこともなかったが、これはその日ごとに書いているようだ。

(少し高い/季節料理/) イサキ刺し身1200円という値段は少し高いが、このくらい取る店はいくらでもある。むしろ明記してくれていて親切ともいえる。鮎塩焼きは950円。むしろ安いかもしれない。とはいえ若者値段ではない。だが、今のボクは十分過ぎるほど大人だ。

 さあ入ろう。編集者を先頭にして入る(まだビクビクしてる俺は、何を恐れているのだ)。

 カウンターと小上がりの、外観を裏切らないシンプルで清潔で片付いた店内。カウンターにスーツ姿の一人客がいるだけ。小上がりに陣取り、ビールを頼み、メニューを見る。やはり魚がおすすめのようだ。

 カツオとスミイカの刺し身、コハダの酢締めをもらう。まずはスミイカに驚いた。ハッとするほど新鮮。コリンとしていて甘味がある。生姜醤油(しょうがじょうゆ)がバッチリだ。カツオもエッジが立っていながら口の中でねっとりとしてウマイ!ニンニクスライスとミョウガと生姜醤油、それを大葉で巻いていただくと最高。

(味に感動/酒が合う/) ビールなんて飲んでる場合じゃない。酒に切り替える。八海山と李白は覚えているが、函館の酒は銘柄を忘れた。いろいろ飲んだ。

 コハダは見るからにウマそうで、それを裏切らない味で感動。さらに驚いたのが茄子(なす)の蒲(かば)焼き。初めてだ。うなぎのようなタレ焼きで、山椒(さんしょう)をふって食べるとこれまた初めての食感。茄子の味がすごくいい。

 このあとマコガレイを焼いてもらったが、焼かれた表面に弾力があり、身がふわふわで、メチャクチャウマい。大根おろしも、それだけでもおいしい。

 BGMはなく、小さなテレビが低い音量で流れているだけ、というのがまたいい。年配の店主も女将さんも親切で気遣いがあって、本当に気持ち良く飲めた。締めにとろろ飯を食おうと思ってたが酒が旨(うま)くて酔っぱらって忘れた。

 いやぁー、ジャケットは中身を正確に表していた。誠実な店だった。そして若造には荒らされたくない。灯台下暗し。いい店を近所に再発見した。いいことがあった時はここで静かに飲みたい。

 ◇季節料理「思ひ出」 戦後すぐの1947年(昭22)創業の老舗。鮮度が自慢の魚介類は天然物のみ使用。シメのとろろ飯(1050円)も人気。東京都武蔵野市吉祥寺南町2の3の10、吉祥寺駅徒歩3分。(電)0422(43)5544。営業は午後6~11時。日祝定休。全面喫煙可。

 ◆久住 昌之(くすみ・まさゆき)1958年、東京都生まれ。漫画家、漫画原作者、ミュージシャン。81年、和泉晴紀とのコンビ「泉昌之」として月刊ガロにおいて「夜行」でデビュー。94年に始まった谷口ジローとの「孤独のグルメ」はドラマ化され、新シリーズが始まるたびに話題に。舞台のモデルとなった店に巡礼に訪れるファンが後を絶たない。フランス、イタリアなどでも翻訳出版されている。

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