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【さくらいよしえ きょうもセンベロ】平和極まる昼の酒

[ 2016年5月13日 05:30 ]

毎日100品目をそろえるから「百味家」
Photo By スポニチ

 薫風の5月。“昼呑(の)み”の誘惑に抗しきれなくなった“センベロ”ライターのさくらいよしえ。向かったのは江戸川区船堀。「百味家」では、まだ明るいうちから孤独を抱えた紳士たちの静かな“集会”が始まっていた。居心地満点食堂でほろ酔う午後。

 つややかな豚の角煮にサンマの丸ごと塩焼き、マグロ刺し身に回鍋肉(ホイコーロー)、そして関西名物牛スジのどて焼きまで酒のアテが百花繚乱(りょうらん)の「百味家」。それも190円から290円が主流。

 調理場ではおばちゃん連中がひっきりなしに鍋を振るう。「食べてらっしゃい!呑んでらっしゃい!毎日100品目ご用意」。

 だが創業時はコンセプトが斬新過ぎたか、飲んべえ歓迎の食堂は閑古鳥が鳴き、当初のオーナーは1人の従業員に夢も借金も託し風と共に去る。

 「主人が継いだのは17年前。選択肢がなかったの。仕事を転々としてましたから」とにこやかに振り返るおかみさんは、銀行の宝くじ売り場で働き続け、激安食堂を切り盛りする主人を後方支援。

 365日働き続けた主人は昨年、天寿をまっとう。今は、「フリーターでできちゃった結婚の僕を父が拾ってくれた」と爽やかに言う2代目が店主だ。

 西日がさしこむ店内。有線チャンネルは80年代歌謡曲。薬師丸ひろ子の歌声を聞きながら、味のしみた柔らかなサバのみそ煮と中生でほろ酔っていると、長テーブルで“集会”が始まった。

 議題は特にない。司会も盛り上げ役もいない。日参するおなじみさん同士が目と目であいさつを交わし淡々と呑む。めいめい、おかずをあたためてもらうと「健康を気遣い」キープボトルの焼酎を手酌酒。「来ないと逝ったかな」と思われるから、欠席は厳禁だ。

 失業中にこの店を見つけたという隣町のおじさんは、「最近また無職になって通えるようになったの」とうれしそう。「一人もんだから、道で倒れた時に見つけてもらえるよう明るい時間から呑むの。ここが最高ヨ」。皆が無言でうなずき賛同する。「俺は足掛け10年」「私は創業から」とつぶやきが聞こえ、「いま平成何年だ?」と確認し合う。平和だ。

 ふとおかみさんが言う。「昔、私の売り場から3億円の宝くじが出たこともあるんですよ。名前が福田だから縁起がいいなんて言われてね」

 福を呼ぶ福田家だが、多額の借金完済はここ数年。「ひと月遅れたらあぶないこともあったわア(笑い)」 

 値段をカツカツに抑え、わが身はギリギリライフ(涙)。大衆酒場や食堂は回転が命である。しかし、ここじゃ7時間滞在の猛者に1日2度参じる熱狂的信者も。ほぼノー回転!

 皆の者、もっと呑もう、もりもり食べよ、そしてラッキーゴッドを拝もうではないか。(さくらい よしえ)

 ◇百味家 開業は1999年(平11)。現在は福田とも子さん、息子・将人さんで切り盛り。ずらりと並ぶ料理は野菜メニューも豊富で約100種類。調理場スタッフはご近所の料理上手のおばちゃんたち。「料理は目から」を大切にし、盛りつけにも気を配る。“マイ定食”は、好きなおかずを選び、ご飯(小120円、中180円、大250円)とみそ汁(60円)で。焼酎のボトルは「いいちこ」などが1690円とかなりお得。キープは2カ月。氷代は200円で、水は無料。店内には「ご利用は3時間以内で」の張り紙もある。東京都江戸川区船堀3の2の3。(電)03(3869)6610。営業は午前10時から午後11時半。年中無休。

 ◆さくらい よしえ 1973年(昭48)大阪生まれ。日大芸術学部卒。著書は「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)、「今夜も孤独じゃないグルメ」(交通新聞社)「にんげんラブラブ交叉点」(同)など。

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