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【さくらいよしえ きょうもセンベロ】音に酔う夫婦酒場

[ 2016年2月12日 05:30 ]

笑顔を見せるマスターの海老沼隆史さんとまゆみさん夫妻
Photo By スポニチ

 “サラリーマンのオアシス”新橋には迷路がある。1966年(昭41)築の新橋駅前ビル1・2号館地下、昭和のにおいが色濃くただよう飲み屋街に迷い込んださくらいよしえが向かったのは「あいはま」だった。仲むつまじい店主夫妻、個性的な常連さん、そして最後に登場したのは…夢は夜開く。

 常連のモタイさんは毎日来る。毎日、「いいちこ」のボトルを入れる。でも底2センチ分は残しとく。モタイさんはわけあって独身。終電逃すとサウナ泊、らしい。

 ここ「あいはま」は、脱サラしたマスターとその妻が始めた小さな酒場。「昔から僕は料理が好きでね。何事も気張らないことだよね~」

 ジュバ~と楽しげな油の音を奏でながらフライを揚げるマスター。家庭料理中心だが、「オム焼きそば」など単身族のわがまま注文もウエルカムなクッキングパパである。

 「マスターが店やりたいって言った時、私はいやよって言ったのよ。でも開けたらもう始めるしかないじゃない」とほほえむママはマドンナである。 

 若かりし頃、2人が出会ったのはお茶の水の酒場。ママは女子会、マスターは同僚飲み会で隣り合わせた。どちらかが(両方か)一目ぼれしたのが運命に。

 なんて昔話と自家製梅酒でほろ酔ううちに、待ち人モタイさんは現れた。小柄な可愛いおじさんだった。その笑顔のしわに刻まれるのはいいちこ年輪か。

 「10年も通ってないヨ。まだ9年」。還暦過ぎだがここじゃ若手と胸を張る。

 ちなみに、ここにモタイさんがハマったのは、「初めて来た日、“流しのけんちゃん”と出会った」から。

 流し?第2の名物男か?

 けんちゃんは、「北島三郎とも一緒にやったことがある」のが自慢。レコードも出している。けんちゃんの後援会長はモタイさんなどと噂するうち、ギター手に本人がひょろりと現れた。にこにこ顔が赤い。1杯飲んでるらしい。

 間もなく、昭和酒場はクライマックスを迎える。

 「ギター一つで人と人の心が通い合う。こよいは“あいはま”から生中継いたします~」というけんちゃん語りで、皆がマイク(太ペン)を回し合う…なんてシュールな一体感!

 昨今、ギターの流しは絶滅危惧種だ。哀愁漂う生音が耳に、心にしみた。

 けんちゃんギターを伴奏に、ママが皆からリクエストされたのは、藤圭子の「夢は夜ひらく」だった。

 ♪十五、十六……あたしの人生暗かったア~。

 エコーがないぶんやけになまめかしい。「ママ色っぽい!」と皆が喝采した。

 して、けんちゃんではなく、ママにチップが集まった。

 すてきな夫婦善哉(めおとぜんざい)。酒場で出会い、2人のセカンドライフもまた酒場。すっかり昭和歌謡な気分でマスターを見ると、競馬速報に夢中だった。 (さくらい よしえ)

 ◆さくらい よしえ 1973年(昭48)大阪生まれ。日大芸術学部卒。著書は「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)、「今夜も孤独じゃないグルメ」(交通新聞社)「にんげんラブラブ交叉点」(同)など。

 ◆あいはま 創業10年。店は海老沼隆志さん、まゆみさん夫妻で切り盛りする。店名の由来は、まゆみさんの生まれ故郷、千葉県南房総市にある「相之浜」から。房総の郷土料理「くじらのタレ」(450円)が食べられることも。隆志さんが「お通しに店の魂が宿る」と話す日替わりの一品は、常連客の楽しみの一つ。ランチ時にはしょうが焼き、カレー、ネギトロ丼などを提供。ご飯の大盛り、おかわりは自由。東京都港区新橋2の21の1、新橋駅前ビル2号館地下1階。(電)03(3571)0082。営業は昼が午前11時半~午後1時半。夜は午後5時~11時半。日曜定休。

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