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【全国ジャケ食いグルメ図鑑】皿屋敷か四谷怪談か…ホラ~入りたくなる

[ 2015年7月10日 05:30 ]

背筋がゾクリとした「皿谷食堂」
Photo By スポニチ

 話題作「孤独のグルメ」の原作者、久住昌之さんが外観だけで店選びをする「全国ジャケ食いグルメ図鑑」。今回は思わず背筋がゾーッとするジャケット(店構え)の店を山形県で見つけちゃいました。見たこともない不思議なのれんをくぐると…。出たァーッ!お化けに足が無いように、ラーメンなのに湯気が無いんです。ひんやり夏向けの一杯をどうぞ。

 仕事で行った山形県寒河江駅前で、遅い昼、山形名物「冷たい中華そば」が食べられる店がないかな、と今にも降りだしそうな曇り空の下を歩き回っていた。スマホで調べたりしない。己の勘を磨くためだ。

 その時に目に飛び込んできたのが「皿谷食堂」。背筋にゾクリときた。見たことのないジャンルの屋号だ。夏のせいか「番町皿屋敷」と「四谷怪談」を思い出した。

 歩み寄っていくうち、この店構え、つまり店のジャケットデザインのシンプルさにますます心引かれた。余計な飾り、コピー、一切なし。サンプルケースやメニューもなし。何がいくらで食べられるか全然わからない。これは自信か。偏屈か。料亭か。それはない。でも前は掃き清められ、全体に清潔感がある。

 細い縄のれんがまた独特。皿谷の二文字が描かれている。よく見ると、一本一本の縄に黒い糸を少しずつずらして巻いていって表現されていた。こんな手のこんだ縄のれん、見たことがない。

 さらに注目したのは、格子の引き戸の、出入り口側ののれんが、客の出入りの接触によってほどけていき、のれんの底辺の横一直線をぼそぼそに乱しているところ。この「ほどけ」が信用できると思った。地元のお客さんに愛されているに違いない。建家は新しいが、古い店に違いない。メニューや値段を外に出さなくても、十分にやっていける店なのではないか。

 のれんをくぐり店内へ。思ったより奥深い。4人がけのテーブルが3列、座敷もあって、外のしんとしたたたずまいと違い、中は混んでいて空気が和やかだ。いいじゃないか。入り口に近い窓際のテーブルにつく。

 奥のメニューに「冷たい中華そば」発見。よし!と思ったが、隣のテーブルの人は温かいラーメンをすすっている。ウマそう。急に心が揺れた。奥からおばちゃんが注文を取りにきたが「ちょっと待ってください」と言ってしまった。うどんや「蕎麦(そば)屋ならではの鴨(かも)ラーメン」もある。どうしよう…と思っていたら若いカップルが入ってきて「冷たい中華そば2つ」と言った。その後入ってきたご婦人も同じ。迷いが消えた。だが店のおばちゃんは忘れているのか、全然注文を取りにこない。手を挙げて呼ぼうとしたが、おばちゃんは忙しく動き回りこちらを見ない。さらに外は土砂降りの雨になり、車を駐車場に止めて来たらしいファミリーが入ってきた。俺は何をぼんやり待っているのだ。立ち上がって奥へ行き、別の店員さんに「あの入り口横の窓際ですが」といって注文した。厨房(ちゅうぼう)の中は3人ぐらいの人が忙しく働いている。活気がうれしい。

 さて、初体験の冷たい中華そばが来た=写真。ウマそうだ。だが何か物足りない。湯気だ。冷やし中華と違って、見た目は普通のラーメンと全く変わらない。なのに湯気がない。ボクの脳が戸惑っている。キュウリの薄切りが乗っているのが唯一それらしい。スープをすする。ほー。ウマイ。想像と違う。ラーメンとまた全然違う。麺をすする。イイ。なるほど。よく研究している。麺のコシも、汁の油も、実に自然。「冷たい中華そば」という名前に等しいおいしさだ。冷やし中華とも全然違う。チャーシューも脂身がなく、歯ごたえも柔らかさもあり、冷たさに負けない味。絶対ほかの料理もうまいに違いない。

 ビールなどのアルコール類はないようだ。車で来る人が多いのか。入り口横にドーンと飲み物の自動販売機がある。メニューで出されるより安上がりでうれしい。食べ終わって奥の勘定場に行ったら、昔の駄菓子屋などの店頭にあったアイスクリームボックスがあった。なんだ楽しいじゃないか。こんな食堂、初めてだ。店を出たら雨が小降りになっていた。今度は温かいラーメン食べよう。

 ◇皿谷(さらや)食堂 1924年(大13)創業の老舗。冷たい中華そば(700円)は牛骨スープに牛肉のチャーシュー。温かい中華そば650円。肉うどん750円。鴨そば750円。山形県寒河江市本町2の6の54、寒河江駅から徒歩7分。(電)0237(84)2188。営業は午前11時~午後7時30分。早じまいあり。木曜日定休。

 ◆久住 昌之(くすみ・まさゆき)1958年、東京都生まれ。漫画家、漫画原作者、ミュージシャン。81年、和泉晴紀とのコンビ「泉昌之」として月刊ガロにおいて「夜行」でデビュー。94年に始まった谷口ジローとの「孤独のグルメ」はドラマ化され、新シリーズが始まるたびに話題に。舞台のモデルとなった店に巡礼に訪れるファンが後を絶たない。フランス、イタリアなどでも翻訳出版されている。

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