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【さくらいよしえ きょうもセンベロ】優しく包み込む贖罪の味

[ 2015年6月10日 05:30 ]

山口屋食堂で乾杯!
Photo By スポニチ

 ご飯のおかずは酒のアテでもある。日夜、安酒場めぐりに忙しいライター、さくらいよしえが平日の午後、“食堂飲み”でゆるゆると至福の時を過ごした。東京・北大塚にある「山口屋食堂」の陽気な店主夫妻が話す悲喜こもごもにうるうると涙酒…人生いろいろ。

 「私、生涯お酒を断つことを誓います」。

 店主は、針金のように細い背筋を伸ばし宣誓する。誓わせたのはわれわれだ。その責任はなかなか重い。

 ここは昼夜、地元の飲んべえが集まる「山口屋食堂」。さあ飲めとばかりに罪なアテが短冊に並び誘惑する。アコウダイ300円に出汁(だし)のしみた根菜の煮物200円、牛豚の合いびき肉で作るふかふか肉汁ハンバーグ250円に落涙する。ワイドショーを見ながら定食のおかずをサカナにほろ酔う幸せな午後。

 「スープちょうだ~い」。さっきからウーロンハイを痛飲している常連が言う。豚と鶏のガラでとったという野菜たっぷりの卵とじの一杯らしい。

 「これさえ飲んでりゃ生きていける」。白昼夢を見る、酒飲みの命綱もある。

 創業47年。故郷山口県から一家で「逃げるように」上京。“おとんぼ”(末っ子)だった店主は寿司店で修業したのち、一家で食堂を始めた。

 “ロールスロイス”(自転車)で食材を調達し、「今はここが楽園」と胸を張る。「これしか趣味がないのよ!」と言う妻が大黒柱か。「31年、妻はついて来ましたヨ」「大失敗です!」「バレたか~」。

 のどかな夫婦漫談を聞きながら、われわれはハイペースで酔っていく。ふと、店主が本格焼酎・二階堂の一升瓶をじゃぶじゃぶ注ぐ様子に目を疑った。良心なんて言葉じゃ片付けられぬ酒の盛りはジョッキ半分。「自分がしてもらいたいことをやってるのよ。ねっ」と妻。「休んで迷惑をかけましたから」と店主が照れ笑う。

 聞けばその昔、年2カ月は休むのが恒例。うむ、働き者に休息は必要だ。でも…「ヘビが体に巻き付く幻覚も見ました」え?「風呂に入るとヒラメみたいにぺら~んてなるほど痩せて」ええ?「コンビニの店員にも“これ以上飲んだら死ぬ”って」。え…と。「昔は、酒飲むととまらなくてね」。“休暇”はアルコールによる強制入院(今は完全断酒)。

 シメには手作りチャーシューのラーメンがおすすめだ。ダメな酔っぱらいを包み込む優しい味。食材の味と言うより「贖(しょく)罪の味…」と誰かが言う。「あの時、オレは死ぬんだと思いました」「それがなかなか死なないの!」と妻。われわれは酒を片手に心で泣き笑う。いろんな味が五臓六腑(ろっぷ)に沁(し)みてくる。

 ◆山口屋食堂 「こんなところに店が…」のロケーションは、大塚の“奥座敷”の風情。メニューは80種類以上。カツ丼(600円)、オムライス(600円)などの定番もある。外看板にも書かれている通り「豊富な品揃(ぞろ)え」も店の魅力だ。「一応は食堂なんだけど、夜は居酒屋になっちゃう」と店主の奥邦雄さん。夜は銭湯帰りに一杯…の常連客も。豊島区北大塚3の10の17。(電)03(3917)7800。営業は午前11時から午後2時、午後5時から9時半。日曜日定休。

 ◆さくらい よしえ 1973年(昭48)大阪生まれ。日大芸術学部卒。著書は「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)、「今夜も孤独じゃないグルメ」(交通新聞社)「にんげんラブラブ交叉点」(同)など。

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