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がん患者の「生活の質(QOL)」研究にアプローチ 27項目の質問票が示すロボット手術のバリュー

[ 2025年3月3日 05:00 ]

胃、膵臓切除後のQOLを調査したグラフです。上の線が従来の開腹手術、下の線がロボット手術の患者さん。ロボット手術の方が患者さんが感じる負担が低いことが分かります
Photo By 提供写真

 がん治療の最前線、米国で働く日本人医師が現場から最新の情報を届ける「USA発 日本人スーパードクター これが最新がん治療」。テキサス州ヒューストンにある米がん研究最大の拠点「MDアンダーソンがんセンター」で勤務する腫瘍外科医、生駒成彦医師のリポート第12回は「がん患者の生活の質(クオリティー・オブ・ライフ=QOL)」についてです。

 【現状のフォーカス「生存期間」の研究】
 胃がん、膵(すい)がん、食道がん――消化管臓器にできるがん腫瘍に対して、手術だけでなく抗がん剤や放射線療法、近年では免疫チェックポイント阻害薬や分子標的療法を組み合わせる「集学的治療」によって、がん治療による「生存期間」や「5年生存率」は明らかに改善されてきました。一方で、がん患者さんにとって大切なこと(バリュー)は生存期間だけではありません。当院で胃がん・膵がんの手術後の患者さんから集めたアンケートでは、生存期間と同じくらい「生活の質(QOL)」が大切だと答えました。しかし、がん患者さんのQOLに対する研究はあまり進んでおらず、がん治療の研究は生存期間にフォーカスされたものばかりなのが現状です。

 ロボット手術のバリューはなんなのか。先のアンケートで、一般的に腹腔(ふくくう)鏡やロボットを使った低侵襲手術の主なメリットだと考えられている「傷の長さ」や「入院日数」が短くなることが重要だと答えた人は、実に20%以下でした。われわれは、ロボット手術で患者さんの手術後の回復とQOLがどれほど改善しているのかを調べるための研究を進めています。

 患者さんのQOLを調べることができる唯一の方法が、QOL質問票です。がんに関連した症状を答えてもらう質問票はいくつもありますが、質問の数が50を超えてしまうものが多いため、QOLの変化を調べるために何度も答えてもらうのには向いていません。われわれは、患者さんへのインタビューと専門家の評価を基に最も重要だと考えられたQOL項目を27問に限定し、さらに170人の患者さんたちに手術前後のQOLを報告してもらうことでその信頼性を確認(バリデーションと言います)、胃がん・食道がん・膵臓がんの手術患者さんに特化したQOL質問票「MDASI-UGI-SURG」を作成しました。

 そして集めたデータを基に従来の開腹手術をした患者さんと比べてみると、胃や膵臓手術といった複雑ながん手術の後でもロボット手術後の患者さんの方が手術後の症状スコアが低く保たれ、回復も早いことが分かりました。その他にもロボット手術をすることで術後のオピオイド(モルヒネの総称)の使用量が劇的に少なくできたり、回復が早いことで術後の抗がん剤治療を早く始めることができたりと、ロボット手術のさまざまなバリューを報告してきました。

 ロボット手術の最大の難点は、その2億~3億円ともいわれる費用です。しかし当院の試算では、膵がん・胃がんにおいて開腹手術と比べロボット手術で治療した患者さんの方が、合併症が少なく入院日数が短くなることで入院費を大幅に削減することができ、入院全体にかかった費用は少なかった、という結果になりました。日本では入院費用が米国よりずっと安価ですので、当院での結果はそのまま当てはまることはありませんが、患者さんの早期の社会復帰を支えることで、社会全体の利益に貢献できる部分も大きいのではと考えています。今後は手術ロボットの価格が下がることも期待してはいますが、それよりもロボット手術の技術がもたらすバリューを患者さんの目線からしっかりと検討していくことが重要ではないかと思っています。

 【術後5年たつ患者 QOLスコア完璧】
 最近、ロボット手術で膵頭部十二指腸切除という複雑な手術を受けたコニーさんが、5年後のフォローアップ外来に来てくれました。膵嚢胞(のうほう)という膵臓にできる“水たまり”から発生した膵がんを、早期で見つけることができた患者さんです。それでも1年後に膵がんの再発が見つかりました。ですが、さらなる検査の結果から、コニーさんの腫瘍は膵がんには珍しい「MSI-H」という特徴を持ったものだと分かりました。4回の免疫チェックポイント療法(ペンブロリズマブ)がとても効果があり、寛解(CT検査でがん腫瘍が消えている)状態が3年以上続いています。外来で報告してくれたQOLのスコアも完璧で、膵臓がんの手術の後でもしっかりと社会復帰してくれている姿を見られるのは外科医冥利(みょうり)につきます。

 ◇生駒 成彦(いこま・なるひこ)2007年、慶大医学部卒。11年に渡米し、米国ヒューストンのテキサス大医学部で外科研修。15年からMDアンダーソンがんセンターで腫瘍外科研修を履修。18年から同センターで膵・胃がんの手術を専門に、ロボット腫瘍外科プログラムディレクターとして勤務。世界的第一人者として、手術だけでなく革新的な臨床研究でも名高い。

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