モスクワと東京、重なる権力の影 80年ボイコットから来年で40年

[ 2019年12月23日 05:30 ]

モスクワ五輪のボイコット問題について語った帖佐寛章氏
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 日本中に衝撃が走った東京五輪のマラソン、競歩の札幌開催。前代未聞の事態に、男子マラソンで出場が内定している服部勇馬(26)は「瀬古(利彦)さんのボイコットの時に比べたら、僕たちは走れるだけ幸せ」と日本のスポーツ界に残る苦い記憶に触れた。東西冷戦下の1980年のモスクワ五輪を日本はなぜボイコットしたのか。当事者の証言を得て振り返ると、東京五輪に重なる問題点が見えてきた。 (安田 健二)

 《政治はスポーツに関与しないは建前》1980年5月24日、日本オリンピック委員会(JOC)は岸記念体育会館地下3階の講堂で臨時総会を行い、ボイコットを決めた。当時のJOC委員が次々と鬼籍に入る中、その一人だった帖佐(ちょうさ)寛章氏(89)は本紙の取材に当時を振り返り「政治はスポーツに関与しないというのは建前。いざとなったら介入するんだ」と吐き捨てるように語った。非公開で行われた総会の内幕を知る貴重な生き証人だ。

 事の発端は1979年12月にソ連によるアフガニスタンの軍事侵攻。ソ連と冷戦状態にあった米国のカーター大統領は年明けの80年1月、報復措置としてモスクワ五輪のボイコットを友好国へ呼び掛け、大平正芳政権も同調した。「米国の意向を無視して参加すれば、ガソリンと小麦を止められるという話もあった」(帖佐氏)と経済の弱みも握られていた。

 柔道の山下泰裕(現JOC会長)、レスリングの高田裕司(現山梨学院大レスリング部監督)らメダル候補が4月21日の会合で涙ながらに出場を訴えたが、政府は4日後「参加は望ましくない」と無情な最終見解を表明した。

 ボイコットが決まったJOC臨時総会の前に、上部団体の日本体育協会(体協)の理事会が岸記念体育会館で開かれていた。ここにも出席していた帖佐氏は、本来いるはずのない政府中枢の人物が姿を見せたことに驚いたという。参院議長も務めた体協の河野謙三会長が連れてきたのは大平首相の右腕、伊東正義官房長官。その伊東氏が個別参加を模索していたスポーツ界へ“最終通告”した。

 「政府としてはモスクワ五輪への参加を見合わせてほしい。それでも参加するなら出国を止める」

 国家権力を振りかざしたように映った光景。帖佐氏は「あれは強烈。これで勝負ありだと思った」と今も忘れることができない。

 その後のJOC臨時総会で挙手によるボイコットするか否かの採決が行われ、結果は賛成29、反対13。こうして約170人の「幻の日本代表」が生まれた。会見に臨んだJOCの柴田勝治委員長は「政府の見解を無視することはできぬ」と苦渋に満ちた表情を浮かべた。政府から体協を通じて巨額の補助金を受け取っていたのも圧力に屈した要因だった。

 《IOCに逆らってはいけない時代》来年の東京五輪でも“絶対的権力”が浮かび上がる出来事があった。今年10月、国際オリンピック委員会(IOC)が酷暑を理由に開催都市の東京都に事前相談なくマラソン、競歩の札幌移行を決定。「IOCの前ではどうすることもできない」。モスクワ五輪の“幻の代表”の一人で、日本陸上競技連盟の瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダーは無念さをにじませた。

 IOCがなぜ力を持つようになったのか。「権力の源泉はマネーですよ」。1964年東京五輪のマラソン中継を担当し、モスクワ五輪をボイコットした日も現場で取材した元NHKのスポーツプロデューサー杉山茂氏(83)はこう指摘する。

 84年ロサンゼルス大会が五輪ビジネスの契機として知られるが、杉山氏は「モスクワで商業化が動きだした」と語る。共産圏だったソ連は自国で稼げないことから外貨獲得を画策。モスクワの組織委員会がこの時に目をつけたのが放送権料収入で、高騰をスタートさせた大会だった。4年後のロサンゼルス大会でIOCが放送権ビジネスの主導権を握り、高騰はさらに加速。巨額の放送権料収入は国際競技連盟などにも分配されるようになり、IOCの権力は増幅した。

 マラソンと競歩の札幌移行を巡っては東京に知らされず電撃的な決定だったにもかかわらず世界陸連は賛同し、日本陸連も争う姿勢を見せなかった。杉山氏は「IOCに逆らってはいけないと思わされている時代になってしまった」と表情を曇らせた。

 《モスクワ五輪選手が東京五輪要人に》モスクワ五輪当時の選手たちが今、東京五輪に関わる要人になっている。西ドイツ出身のトーマス・バッハIOC会長は76年モントリオール五輪のフェンシング代表フルーレ団体で金メダルを獲得したものの、母国のボイコットにより連覇の夢がついえた。一方、世界陸連のセバスチャン・コー会長は英国が個人資格を認めたことで参加。陸上男子1500メートルで金メダルに輝いた。

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