【オートレースコラム】池田政和さんのゾーンを探し求めて… 怖くて、優しくて、憎らしいほど強かった

[ 2025年12月30日 12:53 ]

川口オートレース場に設置されている故池田政和さんの献花台
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 ガンのため2001年に57歳で世を去った父が大のギャンブル好きで、馬であろうが自転車であろうが、何かが走って順位を決める場所にはどこでも足を運んでいた。

 当然、船橋オートレース場もそのひとつ。その船橋オートで父がいつも「憎らしいくらい強い」と舌を巻いていたのが、9日に52歳の若さで亡くなった池田政和さんだった。

 04年にオートレース担当記者になって、初めて池田さんを取材したことを今でも鮮明に覚えている。当時の池田さんは押しも押されもせぬオート界のトップレーサー。何の知識もない記者には荷が重かったが、腹をくくって声をかけた。

 結果は…恥ずかしながら大失敗。池田さんはニッコリ笑うだけで何もコメントを発してくれなかったのだ。その瞳は「もっと勉強してこないとね」と語っていた。

 洗礼を受けた形だが、不思議とその表情には温かみを感じた。それからは、池田さんのゾーンを探し求める日々。池田さんが所属する船橋オートレース場が16年3月をもって廃止、閉場。池田さんは川口オート所属となった。

 そんなある日、池田さんの弟弟子である永井大介に読者プレゼント用のサイン入りTシャツをもらおうとロッカーで話していると、隣で作業していた池田さんが何も言わずに寄ってきてTシャツを引っ張ってくれたのだ。

 Tシャツにサインする時は、四方を引っ張らないとうまく書けない。人気者の池田さんだから熟知していることであり、さりげない優しさも感じたものだ。ほんの少しだけ、池田さんのゾーンの入り口をのぞいた気がした。

 昨年末の川口「スーパースターフェスタ2024」で、池田さんは直前に優勝した伊勢崎G2レジェンドカップの報告会でイベントホールに登場した。ファンからの熱い声援を受けてイベントは大盛況。ロッカーに戻ってくると、盛り上がっていましたね?の問いに「いやいや、笑いを取れなかったね~」とニヤリ。厳しい表情の中にも照れくさそうに話す姿が垣間見えて、そのギャップが心地良かった。

 記者の自宅には、船橋オート廃止決定後に所属選手が走路内で撮影を行った、ファン配布用の集合写真がある。中央には永井大介、中村雅人、青山周平。池田さんは上段右で穏やかな表情。「オレは端っこでいいよ~」と照れているシーンが浮かぶ。

 川口オートは大みそかの31日、池田さんが4度制したSGスーパースター王座決定戦が行われる。正面横には池田さんの献花台が設置され、選手の激走を見守っている。ぜひレース場に足を運んでトップレーサーの至高の戦いを見届けてほしい。(大野 順平)

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