【井上茂徳 我が道11】ラインの結束力のおかげ 小倉競輪祭完全Vで初優勝

[ 2025年9月11日 07:00 ]

小倉競輪祭制覇を報じた82年11月24日付のスポニチ紙面
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 九州地区で一番大きい大会は毎年11月にあった小倉競輪祭です。今の小倉競輪場はメディアドームになっていますが、当時は現在のドームの真ん前にある大きい公園が競輪場でした。時折、雪が降ったりする時季に開催していました。

 81年立川オールスターが初の特別タイトル。次のチャンスが来たのは82年の競輪祭。私は勝ち上がり段階で1着、1着、1着。優勝戦の9人中、九州勢は私を含めて6人が進出しました。優勝戦メンバーは次の通り(※上から枠番、車番、選手名、登録地)。

1<1>緒方 浩一(熊本)
2<2>尾崎 雅彦(東京)
3<3>高橋 健二(愛知)
4<4>北村  徹(熊本)
4<5>中野 浩一(福岡)
5<6>松江 龍起(熊本)
5<7>井上 茂徳(佐賀)
6<8>佐々木昭彦(佐賀)
6<9>久保千代志(愛知)

 この時代、スポーツ紙や競輪専門紙などに選手コメントや並びは掲載されていませんでした。だから記者さんやファンも、こう並ぶであろうと推理し、車券を購入されていました。選手の作戦を読む楽しさがあったと思います。

 優勝戦は九州勢6人に対して愛知勢の高橋健二さん、久保さんと尾崎さん。相手は九州ラインをどう崩していくか戦略を考えていたはず。

 そこで関東1人の尾崎さんがスタートを取り前受け。その後ろに愛知勢が続く。九州勢は4番手以降から。周回中の並びは(佐々木)昭彦が前で、北村徹―中野さん―私―緒方浩一さん―松江龍起さん。この並びだと、イン待ちの尾崎さんは九州ライン分断の作戦だったと思います。そこで九州先頭の昭彦は相手の出方を見て、尾崎さんの動きを封じるように前を抑えた。競輪用語で書くと“イン斬り”です。昭彦の動きを見て北村徹が先頭誘導員の後ろに入り込み、どんどんスピードを上げていく。

 我々、九州勢にとっては絶好の展開。北村徹が残り1周から先頭。2番手の中野さんが最終3コーナーから前へ踏み込み、私がまくってきた高橋健二さんを外に張ってから、一騎打ちの感じで直線を迎えました。

 中野さんは当時、世界一の出足やけんね。後ろで走っていたから分かるんですが、滑らないようにタイヤ痕が付くぐらいの感じで踏み込んでいく。接地面がくっきりバンクに付いていました。出足に追走さえできれば勝負になる。私がゴール寸前でかわし2度目の特別競輪優勝(※枠単5―4で470円)。完全Vでした。

 ラインの結束力のおかげ。年間獲得賞金1億円に王手をかけた大会でした。その後12月の佐世保記念で優勝し、大台に到達。当時24歳、82年の賞金王。皆さまに感謝の一言です。 

 ◇井上 茂徳(いのうえ・しげのり)1958年(昭33)3月20日生まれ、佐賀市出身の67歳。競輪学校41期生として78年5月デビュー。G1通算9勝。KEIRINグランプリは3度優勝(86、88、94年)。代名詞は鬼脚。99年3月31日引退。通算1626戦653勝。優勝回数154回、獲得賞金15億6643万円。現在、スポニチ本紙評論家として活躍している。

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