【ボートレースコラム】高塚清一さんは厳しくも優しかった “怠けるんじゃないぞ”胸に刻みます

[ 2025年3月5日 04:30 ]

エンジンの音を聞いて調整する高塚清一さん
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 3日、高塚清一さん(77=静岡)が1日に急死していたという信じられない訃報が飛び込んできた。この場を借り、思い出を語らせていただきます。

 記者が駆け出しだった数十年も昔の出来事。期末にA級勝負だった高塚さんに話が聞きたくてソワソワしていた。それに気付いた某ベテラン記者が「よし。オレが聞いてきてやる」と鼻息荒く向かった。

 だが、すぐに戻ってきて「“A級になって何かいいことある?”って軽くあしらわれちゃった」と苦笑い。目の前のレースに全力で準備をして、全力で攻める。それをひたすら繰り返すのが高塚スタイル。“オレが細かい点数計算や級別など興味ないことくらい知ってるだろ?”と心の声が聞こえてきた。決して意地悪ではなく記者との信頼関係から成り立つ“深イイ”答えでした。

 最近では数年前の江戸川でのこと。成績が思わしくないタイミングで話を聞きに行ったら「エンジンはいい。乗り手が駄目」と、これ以上聞きようがない記者泣かせのフレーズでピシャリ。しかし、手ぶらで戻る記者の背中に向け「本当にエンジンはいいんよ。これしか言えなくて悪いな」。歯がゆい気持ちを抑えて気を使ってくれたこともありました。

 「高塚さんはレースで負けると何も言わないけど、悔しそうだよね」と何人かの選手に話したことがあります。これには誰もが賛同してくれて、必ず“そこが凄い”という答えにたどり着くのです。

 勝負に向き合う厳しさから一見、怖く思えてしまいますが、温厚で優しさにあふれた人柄だと誰もが気付くような人でした。

 教科書としていた多くのレーサーに感謝の言葉も言わせず旅立ってしまった高塚さん。最後に残したメッセージは何だったのだろうか…。私は“怠けるんじゃないぞ”と背中を押してくれる一生モノのパワーとして、記憶に残そうと思います。(梁島 幸子)

 ◇梁島 幸子(やなしま・さちこ)1965年(昭40)8月16日生まれ、栃木県出身の59歳。86年に第59期ボートレーサーとしてデビュー。引退後はスポニチに入社し、ボートレース担当。予想はメンタル面を重視。

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