東京新聞杯が紡いだ 田中勝春“涙の物語”

[ 2020年2月7日 05:30 ]

1993年天皇賞・秋、鼻差で敗れた田中勝騎乗のセキテイリュウオー(左)
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 【競馬人生劇場・平松さとし】今週末、東京競馬場では東京新聞杯が行われる。94年にこのレースを制したのがセキテイリュウオー。手綱を取ったのは田中勝春騎手だった。

 セキテイリュウオーを管理していたのは美浦・藤原敏文調教師。田中勝騎手の師匠だった。同馬は前年の93年、現在の中山金杯を優勝。秋には毎日王冠で当時のトップマイラーであるシンコウラブリイの2着に好走。天皇賞・秋に挑戦することになった。「毎日王冠の内容が良かったので十分にチャンスがあると思って期待していました」。田中勝騎手は当時の心境をそう語った。実際のレースに関しては次のように言う。「悪くない位置で走れて、4コーナーでもスムーズに外へ出せました」

 しかし、ここで焦ってしまったと続ける。「勝ちたい気持ちが強過ぎて早めに追いだしてしまいました」。その分のツケが最後に回ってきた。あと1頭かわせば勝てるところまで追い上げながら最後の最後で伸びを欠いた。300メートルに及ぶ叩き合いの結果、鼻差の2着に敗れた。

 「セキテイリュウオーが一瞬しか脚を使えないタイプだと分かっていたのに、こういう負け方になって悔しかったです」。レース後、田中勝騎手は泣きに泣いた。とめどなく涙があふれた理由は、しかし、ただ惜敗したからではなかった。鼻差でセキテイリュウオーを破ったのはヤマニンゼファー。前年の安田記念の覇者で、その時、騎乗していたのが田中勝騎手だった。また、師匠である藤原師に初のG1勝利を届けられなかったことも涙が頬を伝った理由だった。

 それから3年後の96年、藤原師は現役調教師のまま急逝してしまう。「結局、G1を勝たせてあげられませんでした。だから今、余計にあの天皇賞が残念に思えるんです」。さて、今年の東京新聞杯はどんな物語につながる結果が待っているのだろう。好レースを期待したい。(フリーライター)

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2020年2月7日のニュース