濱田岳 令和に息づく昭和の“流儀” 蟹江敬三さん、西田敏行さん名優2人に「育ててもらった」

[ 2026年5月17日 05:30 ]

ポーズを決める濱田岳(撮影・木村 揚輔)
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 【過去と未来の交差点】シリアスからコミカルな役まで幅広く演じ分ける俳優の濱田岳(37)には、昭和を知る名優2人の教えが息づいている。蟹江敬三さん(2014年死去)と、西田敏行さん(24年死去)だ。「僕は“昭和の男”に育ててもらったと思う。頂いた時間や教えを生かすも殺すも自分次第」。2人の背中から学んだこととは。(前田 拓磨)

 37歳にして芸歴28年の大ベテラン。デビューは9歳の時。TBSドラマ「ひとりぼっちの君に」だった。「当時は加賀まりこさんにもタメ口で話すような子役でした」と懐かしそうに振り返る。

 「街で指をさされるのは岳が頑張ったおかげ。けど、お前のことを嫌いな人は好きな人の何倍もいると思え」

 そのデビュー作の時に、蟹江さんからかけられた言葉だ。

 「9歳の少年にとっては、意地悪を言われているような気がした。でも37歳になっても忘れていない。金言を頂きました」。この言葉があったからこそ、TBS「3年B組金八先生」などで当たり役に恵まれても、おごることはなかった。「伸びるはずの鼻は、もうもがれていた。振り返ると蟹江さんの言葉がフラッシュバックする」と今も濱田の指針となっている。

 子役となったのは事務所のスカウトがきっかけ。「テレビに出たいとか、故郷に錦を飾りたいという思いは、一切ないまま始まりました」と漠然と芸能界に入った。

 「9歳で経験として受けに行ったオーディションも、放課後の遊びの時間が奪われて凄く不機嫌でした。悪態をつけば落ちると思って」。ふてくされた態度で臨んだが、くしくも求められていた「親に捨てられ、すれた子供の役」のイメージと合致。デビューが決まった。ただ、放送を機に周りの目が変わる奇妙な生活に手応えはなかった。順調にキャリアを進めても、もう一度勉強して大学進学を考えるほど、俳優の仕事に執着がなかった。

 無欲な男が変わるきっかけは、2007年公開の主演映画「アヒルと鴨のコインロッカー」だった。この時、中村義洋監督から「この映画を撮ってからやめたらいいだろう」と背中を押されていた。ただ、現場で仕事仲間の熱意に心を打たれた。「演技をしっかりやれば、またこの好きな人たちと会えるんじゃないかと前向きな考えに変わった」と続ける理由が見つかった。

 謙虚さと情熱を手に入れ、再び転機を迎えたのが西田さんとの出会いだった。15年からテレビ東京ドラマ「釣りバカ日誌~新入社員 浜崎伝助~」に主演。自身がハマちゃんこと浜崎伝助役、西田さんがスーさんこと鈴木一之助役でコンビを組んだ。映画版のハマちゃんが西田さんのハマり役だったことは誰もが知るところ。後継となることに重圧を感じていた。

 「僕は濱田岳のファンなので、やってくれるのがうれしい。2人で新しい釣りバカを作りましょう」。自分の作品をチェックしてくれていた西田さんの言葉で吹っ切れた。

 「一緒にいた時間は夢のような時間でした。もっとふざけておけば良かった」と、西田さんとの時間は貴重な財産。「西田さんは台本と戦う人だった。自分で面白くないと思ったら、アドリブで面白い方向にチャレンジする。まねできるかどうか分からないけど、目標になる背中でした」。さまざまな気づきを与えてくれた。

 昭和の男から学んだ仕事の流儀を、令和の今も大切にしている。「時代に即して変わっていかないといけない。過ごした時間をどう生かすのかは、自分の大事なテーマ」。名優の教えを胸にこれからも歩んでいく。

 ≪タイムリープする刑事役 判断で未来変わる≫放送中のテレビ東京ドラマ「刑事、ふりだしに戻る」(金曜後9・00)で主演を務めている。さえないアラフォー刑事が、タイムリープをし、10年前に亡くなった恋人の死と未解決事件の真相を追うサスペンス。「回が進むごとに、タイムリープのある種厳しい側面をちゃんと説明してくる。その時その時の判断のせいで、未来の結果が大きく変わっていく」と今後の展開を予告した。

 ◇濱田 岳(はまだ・がく)1988年(昭63)6月28日生まれ、東京都出身の37歳。主な出演作に、NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」、フジテレビ「信長協奏曲」など。特技はラグビー。2011年にモデルの小泉深雪(47)と結婚、翌12年に長女が誕生。1メートル60。血液型A。

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