石黒彩 真矢さんお別れ会「生活の全てに真矢くんがいた…寂しい」 初の取材対応、一問一答

[ 2026年5月14日 15:56 ]

<真矢お別れの会>涙は見せず、気丈に振る舞った(撮影・小海途 良幹)
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 今年2月17日に56歳で死去したロックバンド「LUNA SEA」のドラムス、真矢(しんや、本名山田真矢=やまだ・しんや)さんのお別れの会が14日、都内で約1000人が参加して行われ、妻で元モーニング娘。の石黒彩(48)が初めて取材対応した。

 以下は石黒の一問一答。

 ――今の気持ちは
 「3カ月経ちましたけど、少し落ち着いたけど、やっぱり生活の全てに真矢くんがいたので、寂しいなって感じる時はありますね」

 ――改めて真矢さんはどんな人だった
 「本当に闘病中も笑顔を絶やさず。本人が滅入ってると周りも悲しくなっちゃう。でも、いつも本人が誰よりも楽しそうに過ごしていた。周りはそれで勇気をもらっていたので、本当に強く優しい人」

 ――生活している中で感じた異変は?
 「体調管理もしっかりしている人だったので、変化があった時には病院に行ってみようと。年齢的に気になってることもあったので、一緒に生活の中で見つけられてよかった」

 ――本人はどのように受け止めた?
 「“できないことが増えても幸せだな”っていつも言っていた。もし病を公表する時があったら、同じ病気で戦っている人たちに“こうやってステージにも立てるし、東京ドームでドラムだって叩けるんだよって、夢を与えられるんだったら、そういう未来も幸せかな”って言っていた人だった。私本当に尊敬してます」

 ――昨夏の脳腫瘍公表。どういう思いが?
 「本人の希望で、ドラムのプレーに支障がない限りは発表をせず、そのままライブをやり続けたい、という話がありました。去年の脳腫瘍の発表に関しては、どうしてもドラムのプレイに支障が出てしまうので、発表せざるを得ない状況だった。アーティストとしてかっこよくいたいっていうのもありますし、ファンの皆さんに心配させたくないっていう気持ちが一番強かったのかなと思ってます」

 ――公表前はどのように過ごしていた?
 「本当にスイッチの入る人なので、当然そんな全てが全て楽な道のりではなかったと思うんですけど、いつもスタッフのみなさんも笑いに巻き込むような、楽しい時間を過ごしていた。それがあったから真矢くんも頑張れた。みんなでタッグを組んでいるような状態、みなさんの支えあってです」

 ――つらい様子は見せなかった?
 「笑顔のことが多かったですね。真矢くんが「彩が一番笑顔で、いつも大丈夫だよってそばで笑っててくれてたら、それだけで大丈夫だった」って言われていたので、私はもうどんな時も「大丈夫だよ!」って支えるっていうのが役目だった。毎日穏やかに、夫婦としても素敵な時間を過ごせました」

 ――特に尊敬していたところは
 「プロ意識の高い人なので、ライブにかける信念もそうですし、ドラムに関しては一日中、動画で研究してたり。そういう姿勢も昔からずっと応援していた。病気になってからも、自分が滅入ってたら周りも気分がめげちゃうじゃないか、じゃあ僕は笑顔でいようっていう、その強い心ってなかなかできることではないと私は思っているので。その部分が本当に人間としても誰よりも尊敬してます」

 ――家族にも弱音を吐かなかった
 「全然吐いてないわけではないですよ。でも“一緒に頑張ってくれるかな?”っていう、弱音というより“どんな時も支えてね”っていう声かけ。“一緒に手をとって頑張りましょう”っていう言葉が多かったですね」

 ――長い時間を共に過ごした中で、一番思い出せれる姿は
 「高校生の頃から真矢くんのファンで結婚したので。例えば眠れない夜は、眠れない時間の分だけ、旦那さんの寝顔を見てる(笑い)。なので、その眠れない夜も、好きな顔だなと思って彼を見ていられたので、結婚してからの全部の時間は、凄いタイプの人をずっと見てるわけだから、全部幸せなんですけど」

 ――どういうところがタイプ?
 「もう生理的に(笑い)。本当に一目惚れなんです。そこから全部が好きだから、私の中では運命だったのかなって」

 ――真矢さんも運命だと?
 「思ってくれてるといいですね(笑い)」

 ――自宅での夫として、父親としての姿は
 「すごく甘いパパ。お家の役割としては、パパがみんなを甘やかして、ママが小言を言うという、よくある形なんですけど。だからみんなパパが大好きで、甘々でした。でも良いじゃないですか、どっちかに緩みがある方が。なので存分に甘やかしてもらいました

 ――家族の中でどんな存在だった?
 「すごく芯が強くて、家族もしっかり守ろうっていう心も強い人で。子供たちに病気になった時もどれだけかっこいい背中を見せるか、そういうことを頑張れる人だったので。やっぱり子供たちにとっては、世界で一番かっこいい背中を本気で見せてくれたお父さんとして、きっと忘れることはないんだろうなと思ってます」

 ――子供たちに伝えていたこと
 「お家でダラダラゴロゴロしてる時もあれば、ステージに上がると一流だったので、みんなその背中を見て。言葉が多い人じゃないんですよ、お家でも全然話さない人なので、テレビのイメージとは違って。なのでそのパパの背中を見て、やる時やるってことだなっていうのをみんな学んだのかな」

 ――真矢さんにとってLUNA SEAは
 「全てだったと思います。過去の動画でも“一番大切なものって何?”という質問とかに“LUNA SEA”って即答してたので。もうずっとそれは変わらないですよね。だから病気になった時に初めに考えたことが、自分がLUNA SEAを止める元になるのだけは、どうしても避けたいということだった。彼にとって全ての生活のセンターで、一番大切なものだったと思います」

 ――5人でステージに立ちたいという思いで闘病した
 「有明アリーナでのライブも、それが復帰になる予定でしたし、5月からのツアーも真矢の強い希望でスタートが秦野だったり。彼はライブに完全復帰することを目指して、ずっとリハビリも治療もしていたので。かなわなかったのは残念ですけど、メンバーさんもスタッフさんもみんなが真矢くんの思いを連れてこれから回ってくれるので、私も応援したいなと思ってます」

 ――真矢さんは今何と言っている?
 「本当によく頑張っていたので、今痛みもつらいこともなく楽なのであれば、思い切り飛び回って欲しいです。でもきっと、LUNA SEAのライブがどこかで見てるんだろうなと」

 ――ファンに向けて
 「みなさんたくさんお手紙をくださって。ちゃんと全部真矢くんに見せてるので、安心してほしい。家族へいただいた手紙も全て目を通してます。最後まで信じて応援してくれて、お家箱いっぱいのお守りもありますし。私にも優しい言葉をたくさんいただいたので、私も支える側としても、本当に力になりました。本当に感謝しかないです」

 ――笑顔で対応したが、今の気持ちは
 「やっぱり、何かあった時に切なくて悲しくて泣いちゃうことがないわけではないですけど。とにかく真矢くんが“彩はずっと笑顔でいてね”って。その約束を守りたいなと思っているので。これからも家族ともども、真矢くんの言葉を胸に、笑顔で生きていきたいなと思っております」

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