小林幸子は10歳で単身上京 15歳で家族と同居し面倒見るも売れない日々 それでも「歌うことは」

[ 2026年5月6日 18:01 ]

小林幸子
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 演歌歌手の小林幸子(72)が6日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」(月~金曜後1・00)にゲスト出演。デビューから売れるまでの生活を振り返った。

 司会の黒柳徹子から「デビューは東京オリンピックの年だった」と1964年、10歳、小学5年生の時だったと振られ、小林は「はい」とうなずずいた。

 鏡台を前に化粧をする当時のモノクロ写真が披露されると「これは四谷3丁目のアパートに1人で住んでいた頃の自分です」と説明した。故郷の新潟から1人で上京したと言い、生活は「ずっと1人で。自炊して」「自炊もしたし、もうなんでも自分でやりましたね」と平然と話し、黒柳は「凄いわねえ」と感心した。

 小林は「歌手になりたいって言ったのは自分ですから。やっぱり子供の心でもあったんでしょうね。歌手として頑張るって言った、けどなかなか売れなかった。帰れない。何があってもヒット曲がなければ帰れないんだっていう」と当時の心境を明かした。

 それでも「そうこうしているうちに、今度は幸子のいる東京に家族みんなで来ようということもあって。私が15の時に、全員一緒になって、まあそれもアパートですけど、それもまた新しくスタートした」と家族との生活が始まったと振り返った。

 家族の面倒を見ていたと言われ、小林は「まあ面倒見ていたというか、結果的にそういう形になったのかもしれません。でも、姉2人とも一生懸命やってくれました」と目を細めた。

 黒柳は「でも15年近くヒット曲に恵まれず。地方回りの日々。凄いよね。嫌になって放り出さなかったのがねえ」としみじみ。小林は「放り出したいというか、辞めたいっていう気持ちもありましたけれど、歌うってことがイコール生きていくということ。生きていくには生活をしなきゃいけない。歌うってことは生きることだと。本当に15歳でずっと」考えていたと回顧した。

 「だから仕事なんかでも、“これ歌いますか?”って聞かれたら、なんでも“歌います”って先言っちゃうんですよ」と言い切り、「“歌えない”って言うと仕事もらえないと。生活できないっていうことになるから。本当に変な15歳でしたけど」と笑ってみせた。

 その後は1979年に「おもいで酒」が大ヒットし、スターの道を歩むようになった。

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