【山本譲二 我が道28】70歳過ぎて譲二メタル化計画 「メロイックサイン」がキッカケで

[ 2026年4月29日 07:00 ]

メロイックサインを決めました
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 仕事柄、写真を撮られる機会が多いです。ただ突っ立っていても能がないので、いろいろとポーズを要求されます。指でハート形を作るのがはやっていると聞き、しばらくそのポーズを取っていました。するとある時、スタッフから「このポーズをしてもらえますか?」と言われたのが、両手の人さし指と小指を立てるポーズでした。

 「メロイックサイン」と呼ばれる、ヘヴィメタルファンが得意とするそのポーズが何を意味するのか分からずにやりましたが、そのポーズを取ると若い連中にやたらウケました。人気商売ですからウケることは善です。スタッフが運営するXなどSNSでも話題になりました。2023年の頃です。音楽雑誌でポーズを披露すると、布袋寅泰さんが「なんと!!!」とリアクションしてくれました。ハードロックやヘヴィメタルが好きなスタッフは意を強くしていきました。

 自分の知らないところでTシャツ制作の話が進行していました。ゾンビメークに写真を加工した奇抜なデザイン。ネット配信番組中に初めて見せられ、よく分からないけど格好いいじゃん、と感じました。「結構売れています」と言われて悪い気はしません。スタッフはどんどんエスカレートしていきます。

 23年9月に発売した新曲「みちのく忘れ雪」はギターのイントロで始まります。そのギターサウンドに注目したスタッフが「ヤングギター」というギター専門誌を巻き込み、24年4月に「ギター弾いてみたコンテスト」を実施することになりました。最初はそれほど乗り気でなく「別にいいよ」程度でしたが、応募されてきたビデオで、子供から女性までがヘヴィメタル風にギンギンに弾いてくれる姿を見せられ、初めて「ヘヴィメタ」に興味が湧きました。

 マネジャーに外堀を固められる形で「山本譲二メタル化計画」は進みました。こうなったら最後まで神輿(みこし)に乗ろうと決めました。自分にとっての最後とは形として残すこと。例によって吉幾三に相談しました。「オレは何でも作れんだよ」と胸を張っていた吉。もともと音楽好きだけあって順応力もあります。「メタリカ」という超人気ヘヴィメタルバンドの公認トリビュートバンド「ハッタリカ」のメンバーと意気投合して、「言論の自由」という異色作を作ってくれました。50周年記念シングルの1曲に入れました。「ハッタリカ(の音)はうるさいけど素晴らしいな」と吉が感動していたので「うるさいけど面白いお前と一緒じゃん」と褒めてあげました。

 物凄い化粧で髪も伸ばして染めて、2人でテレビの歌番組に出演する野望もありましたが、残念ながら実現に至りませんでした。しかし、ジャンルは違えど、音楽の持っているパワーやエネルギーはやはり共通しています。ずっと演歌一筋で来た自分ですが、70歳を過ぎてヘヴィメタルという、まったく違う音楽の楽しみ方を知り、得した気がします。

 ◇山本 譲二(やまもと・じょうじ)本名同じ。1950年(昭25)2月1日生まれ、山口県下関市出身の76歳。早鞆高3年の67年、夏の甲子園出場。74年に「伊達春樹」として「夜霧のあなた」で歌手デビュー。北島三郎に師事し、78年「山本譲二」として再デビュー。80年発売の「みちのくひとり旅」が81年にかけてロングヒット、ミリオンセラーに。NHK「紅白歌合戦」に計14回出場。

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