【山本譲二 我が道25】歌手の“商売道具”耳に異変、仕事ができなくなるかも…恐怖で自暴自棄に

[ 2026年4月26日 07:00 ]

09年7月、右耳が聞こえないことを公表
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 人間の体は想定外の部分から弱ったり、傷んだりするものです。歌手として致命傷とも言うべき耳の異常を感じたのは、事務所を独立(2007年)した57歳ぐらいの時でした。水泳から上がった後のように、右耳に水が残ったような嫌な感覚がずっと続いていたのです。

 2年ぐらい我慢していましたが、09年5月のある朝、駅に向かって歩いていると変でした。横を通っている自動車の音が聞こえないのです。慌てて耳鼻科に行くと中耳炎という診断でした。しかし、治療を受けても治りません。おかしいと思い、きちんと調べてもらうと、右耳の内部にある耳小骨という部分に良性腫瘍があることが判明したのです。しかも、顔面神経の上に腫瘍が乗っている状態だというのです。下手に腫瘍を取り除こうとすると、顔面神経が傷つき、顔に後遺症が残る可能性があるというのです。

 人前で顔をさらす商売をしている身、しかも耳を使う音楽の仕事に就いている者にとっては、この話は死刑宣告のように聞こえました。商売道具の耳の機能が低下し、その治療を間違うと顔に支障が出るという。どちらにしても仕事ができなくなるかもしれないのです。そんな恐怖に半分、自暴自棄になり「もう右の耳は要りません。左の耳だけで生きていきます」とテレビで放言してしまいました。すると、想像以上の反響がありました。「良い病院を紹介します」「やけにならないで」。こんなにも心配してくれている方がいたんだと驚くとともに、しっかりと治さなければならないと実感しました。

 その後、いろいろな方の尽力で「ゴッドハンド」とされる名医にもたどり着きました。「腫瘍を取ろうと思えば取れます。でも、場所が場所だけに、一度神経を切断し、舌の神経を抜いて、それでつなぎ直す方法です」と治療法を説明され「やはり顔にゆがみが出るリスクは残ります」という話でした。結局、このまま様子を見ようという結論となり、現在に至っています。実際に15年たった今も、腫瘍は大きくなっていないし、逆に小さくもなっていません。

 おかげさまで、普段は補聴器に大変お世話になっています。こういう技術の進歩はすさまじく、補聴器のレベルはかなり高性能です。以前は耳鳴りがしたり、異音を拾ってイライラすることもありました。しかし、最近は補聴器を入れていることを忘れるぐらい、違和感がなくなりました。ちなみに、今使っている補聴器は4台目です。家で飼っている犬がおもちゃだと思ってかじってしまい、壊されてしまいました。

 子供の時から丈夫で元気なだけが取りえでしたが、人間の体は壊れ始めるともろいものです。この耳の異変がきっかけとなり、連鎖反応のように傷み始めるのです。今思うと、耳の異変が気付かぬうちにストレスを生み、そのストレスが別の病気を運んでくるような仕組みになっているのではないでしょうか。

 ◇山本 譲二(やまもと・じょうじ)本名同じ。1950年(昭25)2月1日生まれ、山口県下関市出身の76歳。早鞆高3年の67年、夏の甲子園出場。74年に「伊達春樹」として「夜霧のあなた」で歌手デビュー。北島三郎に師事し、78年「山本譲二」として再デビュー。80年発売の「みちのくひとり旅」が81年にかけてロングヒット、ミリオンセラーに。NHK「紅白歌合戦」に計14回出場。

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