SAY-LAわらび「一番悔しかった」 解散の挫折を越え、見つけた夢の続き

[ 2026年3月31日 20:30 ]

【画像・写真3枚目】スマホケースの裏「私の“推し”も…」――SAY-LA・椎名ここ、言葉遊びの挑戦状と鏡合わせの自分(撮影・神崎セナ)
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 アイドルグループ「SAY-LA」で、ひときわ強い輝きを放つメンバー・わらび。そのキャリアは決して平坦な道ではなかった。セーラームーンに憧れてダンスを始め、AKB48を見てアイドルを志した少女。その道程で直面した深い挫折と、そこから立ち上がった強さの源泉に、スポニチ東京本社でのインタビューで迫った。(「推し面」取材班)

SAY-LA特集|全員独占ソロインタビュー

 高校時代に地元の福岡で一度アイドルの夢を掴んだ彼女は、大学進学を機にステージを降りる。しかし情熱は消えず、卒業後に再びアイドルの世界へ。今度は自らメンバーを集め、楽曲や衣装も手配するセルフプロデュースという形での再挑戦だった。だが、そこでキャリア最大の壁にぶつかる。

 「自分が目指す方向性と他のメンバーの気持ちがすれ違ってしまって…」。アイドルへの本気の想いと強い責任感が、いつしか「こうしなきゃいけない」という厳しさとなり、仲間との間に溝を生んだ。結果は、グループの解散。「自分はアイドルが大好きで本気でやりたいのに、周りと同じ熱量で進めなかったことが、一番悔しかった」。その言葉には、どうにもならなかった当時の痛みがにじむ。

 解散直後、アイドルを完全に辞める決意をした。自然豊かな場所に1カ月身を置き、これからの人生を考え抜いた。しかし、心は正直だった。「どれだけ考えてもやっぱり『アイドルが好きだし、どうしてもやりたい』という気持ちに戻ってきた」。深い挫折は、新たな視点を与えた。プロデューサーやスタッフ、そして何より、同じ方向を向いて走ってくれるメンバーがいる今の環境のありがたみを、心の底から感じられるようになったのだ。一人で抱え込まず、仲間と協力しながら進む術を、ようやく手に入れた。

 そんなわらびの支えとなっているのが、憧れの存在・宮澤佐江の「一生懸命を楽しむ」という言葉だ。ストイックになりすぎて自分を追い込んでしまう癖があったが「自分が心から楽しんでいないと、本当の楽しさは伝わらない」と気づいた。苦しい時期すら楽しむという覚悟が、しなやかな強さを形作っている。

 「SAY-LAのメンバーと、絶対に日本武道館のステージに立ちたい」。高校生の時から抱き続ける夢を、力強く語る。そして、その先には「プロデューサーとして次の世代を育てたい」という新たな夢も見据えている。数々の挫折と失敗は、ただのアイドルで終わらせない。すべての経験を糧に、わらびは今日もステージの上で、誰よりも楽しんで輝いている。

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