漫画家・つげ義春さん死去 88歳、誤嚥性肺炎 シュールな世界観と独特の画風で衝撃

[ 2026年3月28日 05:30 ]

つげ義春さん
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 シュールな世界観の漫画「ねじ式」(1968年)などで知られる漫画家つげ義春(つげ・よしはる、本名柘植義春=つげ・よしはる)さんが3日、誤嚥(ごえん)性肺炎のため東京都の病院で死去した。88歳。東京都出身。葬儀は9日に親族のみで行った。

 85年の「無能の人」は91年に俳優の竹中直人(70)の監督・主演で映画化され、ベネチア国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞。80年代以降、漫画作品の発表は途絶えていたが、24年に「雨の中の慾情」、25年に漫画2作を基にした「旅と日々」と近年、つげ作品を原作とした映画が続々と公開。「旅と日々」はスイスのロカルノ国際映画祭で最高賞を獲得するなど、世界の映画祭で高く評価されていた。

 つげさんは幼少期に貧困で、工場で働く傍ら、10代半ばで漫画を描き始めた。55年に本格デビュー。65年から雑誌「ガロ」に作品を次々と発表し、「沼」「チーコ」「紅い花」といった心理描写に富む作品で注目を集めた。

 作風は哲学的な色彩を帯びていき、フランス由来の芸術思潮シュールレアリスムの影響も受けた。68年の「ねじ式」は、クラゲに左腕を刺された男が死の恐怖におびえながら、謎に満ちた迷路のような漁村で、医師を捜し回る物語。シュールな世界を独特の画風で見せ、漫画界だけでなく文芸関係者にも衝撃を与えた。上半身裸で左腕を押さえて立つ男の姿は“アイコン”となり、つげさんを語る上で欠かせないイメージとなった。90年代以降は新作はほとんど出さなかったが、「ねじ式」を中心に作品集や選集が何度も刊行され「新作が最も待たれる作家」と言われ続けた。

 つげさんの遺族は「公の場に出ることを好まず、静かに暮らしていた父ではありましたが、家では毎日家族と食卓を囲む、家族思いの人でもありました。シュールな作品からリアリズム作品、夢や旅を題材にしたものまで、幅広いジャンルを描き分けることのできる稀有(けう)な漫画家であったと思います」とコメントを発表した。

 ≪竹中「涙が止まらない」≫竹中は、つげさんの訃報を受けコメントを発表。「涙が止まりません。僕の母が亡くなった17歳の時と同じくらい涙が止まらない」と悲しみに暮れた。「つげさん、あなたはずっとずっと僕を勇気づけてくださる人でした。なんだか、いじけていて、せつなくて、いやらしくて、優しくて、いとおしくて、チャーミングで…なんてったって無能の人を描いた人です」と追悼。「つげさん、あなたは僕の勇気です。自分自身を“むしけら”と教えてくれた最高の漫画家です!ずっとずっとずーっと…」と天国に呼びかけた。

 つげ 義春(つげ・よしはる、本名柘植義春=つげ・よしはる)1937年(昭12)10月30日生まれ、東京都出身。55年に「白面夜叉」でプロ漫画家としてデビュー。「アサヒグラフ」での紀行文の連載も担当した。水木しげるさんとの親交で知られ、アシスタントを務めた。68年ごろからアングラ女優の藤原マキさんと知り合い、75年の長男の誕生を機に正式に結婚。2017年に「日本漫画家協会賞大賞」を受賞。20年に「アングレーム国際漫画祭」で特別栄誉賞を受賞し「漫画界のゴダール」と評された。24年に旭日中綬章受章。

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