内館牧子さん死去 石田純一が明かす「想い出に…」裏話「直接さ・生真面目さが一大センセーショナルを…」

[ 2025年12月26日 16:57 ]

石田純一
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 脚本家の内館牧子(うちだて・まきこ)さんが17日、急性左心不全のため都内の病院で死去した。77歳。秋田市出身。26日に内館牧子事務所が発表した。葬儀は近親者で執り行われた。内館さん脚本のTBSドラマ「想い出にかわるまで」に主演した俳優の石田純一(71)が所属事務所を通じてコメントを発表し、「先生の最初のヒット作に関わることが出来て、とても誇らしく感じます」と悼んだ。

 「想い出にかわるまで」は石田と今井美樹の主演で1990年に放送。松下由樹が今井の妹役を演じ、ドロドロの三角関係に発展する恋愛ドラマが大きな話題を呼んだ。

 石田は「TBS『想い出にかわるまで』の脚本を担当していただき、本当にありがとうございました」と追悼。

 「最初は言葉がキツく感じられ、表現がストレートすぎてしまうので、もうちょっと柔らかく書いてほしいと主演の今井美樹さん共々言っていたのですが、その直接さ・生真面目さがTBS金ドラに合っていて一大センセーショナルを起こし、今でも『想い出にかわるまで』を見ていましたとタイトルを言われるごとに、内館先生の偉大な筆力を感じていました」とドラマを振り返った。

 「先生の最初のヒット作に関わることが出来て、とても誇らしく感じますし、その後の先生の大活躍も嬉しかったです」と思いをつづり、「今、自分がこれから作る映画の脚本を書いていますが、先生にも色々と聞きたいことがあったので、それが叶わず残念です。でも何かお感じになられたら気軽に向こうの世界からいらっしゃって是非ご教授ください、お願いします」と天国へメッセージを送った。

 内館さんは1948年(昭23)9月10日、秋田県生まれ。武蔵野美術大卒業後、三菱重工業に入社。13年半のOL生活を経て83年に脚本家に転身。NHKラジオドラマなどを手掛け、88年にドラマ「バラ」でお茶の間デビューした。

 NHK朝の連続テレビ小説「ひらり」「私の青空」を執筆。97年NHK大河ドラマ「毛利元就」で初の時代劇に挑戦する。代表作に映画「BU・SU」、ドラマ「想い出にかわるまで」「都合のいい女」「義務と演技」など。エッセイスト、小説家としても執筆多数。93年第1回橋田寿賀子賞受賞。98年から文部省国語審議会委員を務めた。

 大の相撲通としても知られ、2000年に女性で初めて大相撲の横綱審議委員会(横審)委員を務めた。熱心な好角家で伝統を重んじ、横綱朝青龍の問題行動には厳しい意見をぶつけるなど、角界のために尽力した。

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