脚本家・内館牧子さん死去 各界から追悼相次ぐ 「ひらり」石田ひかり悲痛 中村芝翫、岩手県知事も

[ 2025年12月26日 14:59 ]

内館牧子さん(2000年撮影)
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 脚本家の内館牧子(うちだて・まきこ)さんが17日、急性左心不全のため都内の病院で死去した。77歳。秋田市出身。26日に内館牧子事務所が発表した。葬儀は近親者で執り行われた。突然の訃報に、各界から追悼が相次いだ。

 内館さん脚本のNHK朝の連続テレビ小説「ひらり」でヒロインを務めた女優・石田ひかり(53)が所属事務所を通じ追悼コメントを発表。「12月22日に「ひらり」の数人で集まりがあり、内舘さんにまたお会いしたいねと話していた直後の訃報を、まだ受け入れることが出来ません。真っ赤なマニキュアをされて、おしゃれで元気な内舘さんは、まるでベティちゃんのようなかわいらしさでした。「ひらり」は間違いなく私の財産です。早すぎるお別れに心が付いていけませんが、ひらりはこれからも頑張っていきますので、どうか見ていてくださいね。本当にありがとうございました」と悲しみを明かした。

 また、岩手県の達増拓也知事はXを更新し、「衝撃です。岩手県は、大変お世話になりました。ご冥福をお祈りいたします」としのんだ。内舘さんは父が岩手県出身で、岩手県盛岡市で年末に開催される風物詩「盛岡文士劇」にも出演した。

 女優の田畑智子は「またご一緒できることを目標にしていたので、突然の訃報に信じられない気持ちでいっぱいです。『私の青空』で、北山なずなという役に出会わせていただいたことは宝物です」と追悼。「撮影当時もなずなの明るさ、前向きさ、強さにたくさん元気をもらっていました。あれから25年が経ち、私も母親になり、改めて内館さんの描くなずなの持つパワーとメッセージを受け取っています。どうか、これからも澄んだ青空から見守っていてください」と呼びかけた。

 歌舞伎俳優の中村芝翫は「内館牧子さんのご逝去の報に接し、誠に残念でなりません。内舘さんは、とてもチャーミングで優しいお方でした。脚本を通じて、色々なことも学ばせていただきました」とコメント。これからの世界で、女性の在り方がどうなっていくか、男女平等など、先生が描かれたようになっていっていると実感し、さすが、世の中を多角的な視点でご覧になられていたのだなと感じます。安らかなご永眠を心よりお祈りいたします」としのんだ。

 代表作のTBS「想い出にかわるまで」(1990年)に主演した俳優・石田純一は「最初は言葉がキツく感じられ、表現がストレートすぎてしまうので、もうちょっと柔らかく書いてほしいと主演の今井美樹さん共々言っていたのですが、その直接さ・生真面目さがTBS金ドラに合っていて一大センセーショナルを起こし、今でも『想い出にかわるまで』を見ていましたとタイトルを言われるごとに、内館先生の偉大な筆力を感じていました。先生の最初のヒット作に関わることが出来て、とても誇らしく感じますし、その後の先生の大活躍も嬉しかったです」と振り返った。

 元プロレスラー武藤敬司は自身のXで「内館牧子さんがお亡くなりになった。いつも応援して下さったので、淋しいです。心よりご冥福をお祈りいたします。今は思い出と戦わせて下さい」と悲しみを吐露した。内館さんは、武藤の長年のファンとして知られ、武藤の現役時代の名言「思い出と喧嘩しても勝てない」を小説「終わった人」の中で引用している。

 内舘さんは、1948年(昭23)9月10日、秋田県生まれ。武蔵野美術大卒業後、三菱重工業に入社。13年半のOL生活を経て83年に脚本家に転身。NHKラジオドラマなどを手掛け、88年にドラマ「バラ」でお茶の間デビューした。

 NHK朝の連続テレビ小説「ひらり」「私の青空」を執筆。97年NHK大河ドラマ「毛利元就」で初の時代劇に挑戦する。代表作に映画「BU・SU」、ドラマ「想い出にかわるまで」「都合のいい女」「義務と演技」など。エッセイスト、小説家としても執筆多数。93年第1回橋田寿賀子賞受賞。98年から文部省国語審議会委員を務めた。

 大の相撲通としても知られ、2000年に女性で初めて大相撲の横綱審議委員会(横審)委員を務めた。熱心な好角家で伝統を重んじ、横綱朝青龍の問題行動には厳しい意見をぶつけるなど、角界のために尽力した。

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