【藤あや子 我が道11】中途半端な“出稼ぎ歌手”から「藤あや子」としてデビュー

[ 2025年12月11日 07:00 ]

28歳、「おんな」という曲で藤あや子としてデビュー
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 中途半端な“出稼ぎ歌手”ではなく、本腰を入れて歌手になりたいと決めた時、CBSソニーの若松宗雄プロデューサーに「日本一の芸能プロダクションを紹介する」と連れて行かれたのが「バーニングプロダクション」でした。1988年の夏です。赤坂にある普通のマンションの一室に入ると、少し怖そうな顔の男性がソファに座っていました。夏で暑かったのか、ズボンの片方の裾を膝までたくし上げていました。その方が周防郁雄社長でした。

 郷ひろみさんや細川たかしさん、小泉今日子さんらが所属する日本一のプロダクション。大きなビルで、おしゃれな社長が出て来ると勝手に思い込んでいたので、少し拍子抜けでした。翌年同期デビューする香田晋さんのジャケット写真やCDが机の上にあり、若松さんにも彼のCDを聴かせました。

 すると「ソニーは演歌が弱いんだよ」とポツリ。そして「僕と心中する気ある?」といきなり聞くのです。「怖い!」と思いながらも「はい、頑張ります」と答えていました。近くの蕎麦(そば)店に連れて行ってくれました。「(もりそばを)何枚食べる?」「1枚で」「いいから、2枚頼みなよ」「はい」忘れられない初対面でした。

 後日、改めて話をうかがうと「郷ひろみという日本一の男性アイドルスターを持った。レコード大賞2年連続受賞の細川たかしという男性演歌スターもいる。石野真子と小泉今日子と女性のトップアイドルもつくった。でも、女性演歌のスターはまだいない。だから僕と一緒に本気で勝負しよう」という意味でした。

 27歳の秋に単身上京してマンション住まい。地理も何も分からない地方出身者が都会で生活するだけでも大変でした。社長の指示で、五木寛之さんの小説「艶歌」「旅の終りに」などに登場する「演歌の竜」こと高円寺竜三のモデルとされる天才ディレクター、馬渕玄三さんの所にレッスンに通いました。女優の野中マリ子さんの俳優養成塾にも通いました。

 上京して約半年後、馬渕さんと親しい作曲家・叶弦大さんの「おんなの湯船」という作品(詞・荒川利夫)をレコーディングすることになりました。本当は、その2年前にデビューした坂本冬美さんの「あばれ太鼓」のような元気で威勢の良い歌を歌いたかったのです。声質も明るい方ですし、民謡は喉を開いて、明るく歌うことが多いからです。ディレクターから「もうちょっと暗く歌えませんか?」と何度もダメ出しされ、最後は「今までで一番悲しかったことを思い出して歌って」と指示されて、何とかOKが出ました。

 周防社長の「タイトルを短く」という指示で「おんな」に改題され、藤あや子としてのデビュー曲は89年9月21日に発売されました。全国レコード店をひたすら回る生活が始まりました。「3日間で全国キャンペーン」という無謀な仕事も経験しました。そのかいあって翌春には10万枚を突破し、同じ「荒川・叶コンビ」による第2弾の新曲「雨夜酒」もヒットし始めました。

 ◇藤 あや子(ふじ・あやこ)1961年(昭36)5月10日生まれ、秋田県角館町(現・仙北市)出身の64歳。民謡歌手として活動後、87年に村勢真奈美の芸名で「ふたり川」でデビュー。89年、藤あや子に芸名を変え「おんな」で再デビュー。92年「こころ酒」で日本有線大賞を受賞、第43回NHK紅白歌合戦に初出場、21回出場している。新曲「想い出づくり」など「小野彩(このさい)」のペンネームで作詞・作曲も行う。

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