キムラ緑子 淡路島に暮らす両親のかつての職業や父の地域への貢献明かす「今通っているバスも」勲章も

[ 2025年12月10日 18:04 ]

キムラ緑子
Photo By スポニチ

 女優のキムラ緑子(64)が10日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」(月~金曜後1・00)にゲスト出演。兵庫・淡路島に暮らす両親のかつての職業や地域への貢献について語った。

 兵庫・淡路島出身のキムラは、母については「ちょっともう去年ぐらいから、施設の方に入ってしまって。ちょっとぼやっとしてきてしまったんで」と説明、司会の黒柳徹子は「認知症」と反応した。

 父についても「今年の始めに大腸の方を手術しちゃって」「ちょっとあまり動けなくなったので」と言及。時間があればキムラが片道6時間かけて帰省し「食事を作ったり」していると打ち明けた。

 両親は働き者だったと言い「父もサラリーマンでしたから」、「母は小学校の前でおじいちゃんとおばあちゃんがやっていた、今でいうコンビニエンスストアみたいな」商店を切り盛りしていたと明かした。

 また「私の父親がずっと洲本市でいたから、みんな父親のこと知っているから」と町内会長や施設の会長などを務めていたとし、「教育のことやってたりとか、介護施設の理事やってたりとか、いろんなことをやっていたから」とキムラ。

 地域にバスを通したと言われると「ウソだと思っていたんですけれど、今通っているバスも父が」。公共バスがなくなってしまったため、「地域の小さな村のところを周遊するバスですか。それを父が始めた。今もやっているみたいです」と語った。

 司会の黒柳徹子から「地方自治への功労で勲章をおもらいになった」とも明かされ「そうなんです。旭日章という」と目を細めた。

 「父は本当に喜んで。頂くと皇居に行けるんですよ。東京に来れるっていうことで父が凄く喜んで、モーニングをこしらえましてですね、それで準備万端でいたんですけれども」とも話したが、「結局コロナで中止になりまして。それでもうモーニングは誰も着ないままかけてありますね。父は病気で痩せちゃったから、たぶんもう二度と着ることのないモーニングが家に飾ってありますけど」と残念そうに語った。

 それでも「本当にやってたんだなって」としみじみ。また作物を作らなくなった土地に「菜の花なんかを作ってね、観光地にしようって言って菜の花を始めた」とも紹介。続けて「それで誰も来ないから、菜の花油を作って、今度は油を売るって。アイデアマンなんですね」とも話して笑顔を見せた。

「美脚」特集記事

「中居正広」特集記事

芸能の2025年12月10日のニュース