「優しさはお前の強みだよ」──Palette Parade中野小陽 “ダンスができない自分”と向き合った居場所探し

[ 2025年12月3日 15:00 ]

【画像・写真2枚目】「高嶺の花じゃなくて、隣を歩きたい」――Palette Parade・中野小陽が「atelier」で抱きしめた等身大の痛みと光(撮影・髙橋來都葉)
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 7人組アイドルグループ「Palette Parade」(通称・パレパレ)の中野小陽が、これまでの歩みと“居場所”について、スポニチ東京本社でソロインタビューに応じた。幼い頃からダンスが苦手で、学生時代は「どこにも居場所がない」と感じていた少女が、なぜ今ステージの真ん中で歌えているのか。その背中をそっと押したのは、ある日かけられた「優しさはお前の強みだよ」という一言だった。(「推し面」取材班)

【中野小陽①】「高嶺の花じゃなくて、隣を歩きたい」

 華やかなアイドルシーンの中で、中野は決して“ガンガン前に出るタイプ”ではない。自分にスポットが当たる場面でも、つい他のメンバーに譲ってしまう。幼い頃から大切にしてきた「思いやり」が、アイドルという世界では足かせのように感じられる瞬間もあった。

 「アイドルに向いてないのかなって、これまで何度も思っていました」

 そんな自己否定にブレーキをかけてくれたのが、パレパレに関わるスタッフからふとしたタイミングでかけられた一言だ。

 「『優しさはお前の強みだよ』って言っていただいて。表に立つ表現者として、優しさって時々“弱み”に見られちゃうこともあるじゃないですか。自分でもそこをあまり強みだと感じてこなかったんですけど、その言葉を聞いた瞬間に“あ、これって強みでいいんだ”って思えて」

 優しさは、アイドルとしてマイナスかもしれない――そう思い込んでいた。「でも、“今のままの自分”を評価してくれる人がいるんだって分かって。自分を出すのが苦手で、『やる気ないとか思われちゃうかな』って不安だった自分を、肯定してもらえた気がしました」

 さかのぼれば、「居場所のなさ」は学生時代から付きまとっていた。

 「学校にも家にも居場所がないって本気で思ってた時期があって。学生時代にいじめを受けていたことがあって、それが原因で学校に行けなくなってしまったことがあって。行かなくちゃいけないのは分かっているけど、足が動かなくて。その時に周りから“行きなさい”って言われることが、行けないほど苦しんでいることを理解してもらえない感覚がずっとあって…。誰といても自分を責めちゃう時期でした」

 その感覚は、アイドルになってからもしばらく消えなかった。

 「デビューして1〜2年くらいは、ダンスができない自分が本当に申し訳なくて。喋るのも得意じゃないから、ステージでもうまく話せない。“一緒にいるのが申し訳ない”ってずっと思っていて、苦しくて、ずっと自分を責めていました」

 心を支えたのは「アイドルになりたい」という原点。きっかけは、引きこもりがちだった学生時代の夜だ。

 「人間関係で悩んで、ほとんど引きこもりみたいだった頃に、テレビで初めて乃木坂46さんを見て。“こんなにキラキラして可愛い子がいるんだ”って星野みなみさんに一目惚れして。そこからアイドルに生きる希望をもらって、“アイドルってめっちゃいいな”って思ったのが原点です」

 やがて「なりたい」と口に出せるようになり、自分でオーディションを探し始める。2グループほどの審査に落ち、それでも挑戦をやめなかった先で出会ったのが、パレパレの母体となるオーディションだった。

 「当時『Atelier IBASHO』っていう名前で募集されていて。“居場所”っていう言葉にすごく引かれて、“ここだったらアイドルできるかもしれない、自分が輝けるかもしれない”って思って応募しました。正直落ちると思ってたのに、受かりました(笑)」

 ただ、合格してからが本当のスタートだった。中野には、大きなコンプレックスがあったからだ。

 「ダンスが本当に苦手で…。小中学生のとき、ダンスができなさすぎていじめられちゃったことがあって。体育の時のダンスも本当にできなくて。その苦手意識を抱えたままデビューしたので、最初は“できなさすぎて、どうしたらいいか分からない”って感じでした」

 何から手をつければいいかも分からない。それでも鏡の前に立つことだけはやめなかった。

 「みんなが30分でできちゃうことも、自分は何十倍、何百倍もやらないとできない。だから、“ダンスと向き合ってきた時間だけは誰にも負けない”って今は言えます。苦労してきた時間だけは、胸を張れるなって」

 一方で、歌の面では思いがけないタイミングで光が差した。9月8日の4周年ライブ。終演後、関係者から「小陽って、あんなに歌えるようになったのか」と成長ぶりを絶賛された。

 その裏には、ボイストレーナーからのアドバイスがある。

 「『うまく歌おうとしすぎて、ずっと肩に力が入ってる』『そんなにうまくやろうとしなくていい、自分の色を出していいんだよ』って言っていただいて。完璧じゃなきゃって自分を追い詰めてたので、“力抜いていいんだ”って許された気持ちになりました。肩の力を抜いて歌うようにしたら、歌うことが前よりずっと歌いやすくなりました。それから、歌を褒めていただけることが増えた気がします」

 優しさは決してアイドルにとって弱さじゃない。時間がかかってもいい。ダンスが苦手でもいい。その全部を抱えたままステージに立つことこそ、自分にしかできないアイドルの形だ――そう受け入れられるまでに、4年かかった。

 「“自分だけの居場所”はどこか」と尋ねると、迷いなく言葉が返ってきた。「パレパレです。パレパレに関わってくれている全ての方。ファンの方、スタッフさん、お仕事で関わってくださる方も含めて、“ここが自分の居場所だな”って思ってもらえたらうれしい。少しでもポジティブな感情になってもらえたら、それが小さな居場所になってるのかなって思うんです」

 「本当にアイドルになってよかった。なってなかったら私どうなってたんだろうって思います。すごくネガティブで引っ込み思案で…そんな自分を変えてくれた“パレパレ”という場所に、すごく感謝してます」

 最後に、中野は照れくさそうに、けれどはっきりとこう言った。

 「私のアイドル人生は、パレパレしか想像できません。この場所が最初で最後だと思ってます」

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