世志凡太さん 老衰で死去 91歳 コメディアンとして活躍 浅香光代さんの内縁の夫

[ 2025年11月26日 03:00 ]

世志凡太さん

 コメディアンで故浅香光代さんの内縁の夫だった世志凡太(せし・ぼんた、本名市橋健司=いちはし・けんじ)さんが18日午前9時11分、老衰のため茨城県取手市の自宅で死去した。91歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者のみで済ませた。

 近しい知人によると、世志さんは亡くなる前日まで元気な様子だったという。2020年ごろに知人のつてをたどり取手市に移住。支援者の会社に勤務するスリランカ人男性と猫と自宅で暮らし、依頼された作曲の仕事や、知人の講演の手伝いなどを行っていた。最近は腰を悪くし、デイサービスを週2日ほど利用していた。

 1957年に「原信夫とシャープス&フラッツ」のベーシストで芸能界デビュー。ミュージシャン活動の一方でコメディアンとしても活躍し、朝日放送「てなもんや三度笠」などのテレビ番組や「ハナ肇&クレージーキャッツ」の映画などに出演した。100を超える歌の作詞作曲を行い、音楽プロデューサーとしても才能を発揮。「フィンガー5」のプロデュースでも知られる。コメディアンとしてもタレントのせんだみつお(78)らを育成した。

 浅香さんとは92年から事実婚のパートナーだった。99年3月には故野村克也さんの妻でタレントの故野村沙知代さんに衆院選繰り上げ当選の可能性が出たことを、ラジオ番組で浅香さんが批判し「ミッチー・サッチー騒動」が勃発。芸能界全体に飛び火し、連日ワイドショーをにぎわせた。世志さんは浅香さんが取材を受ける際にも、たびたび同席し、献身的にサポートした。沙知代さんが17年に亡くなった際には「今となりゃ笑い話。当時は向こうもこっちも、カッカしてた」と騒動を振り返っていた。

 最愛の浅香さんは2020年に膵臓(すいぞう)がんのため亡くなった。コロナ禍で行われた葬儀では「世志凡太だよ、分かるか?忘れるなよ」と棺に呼びかけた。それから5年、浅香さんの元へ静かに旅立った。

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