山本譲二 デビュ―当時甲子園の記録と年齢を「ごまかして」の過去告白 ラジオで白状「ごまかしてます!」

[ 2025年9月18日 13:51 ]

山本譲二
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 歌手の山本譲二(75)が17日放送のBSフジ「昭和歌謡パレード」(水曜後10・00)にゲスト出演。年齢や経歴を偽っていた過去について語った。

 山本は山口県・早鞆高3年の夏に甲子園に背番号10で出場し、1回戦の松商学園戦で代打として内野安打を放っている。

 甲子園で安打を放ったと言われると「内野安打なんですよ」と安打ではあるが、クリーンヒットではないと山本。歌手デビューする際には「内野安打じゃあ、なんか線細いだろう」と物足りなく思っていたところ、「周りのスタッフも、まだ売れると思ってないわけですよ。だから“譲二、それじゃ線が細いから、ヒットにしとけ”」との指示があった。

 そこで甲子園では「ヒット打ちました。センター前クリーンヒットです」と話すようになっていたというが、「『みちのく』がボンといっちゃったもんで」と30歳の時に発売した「みちのくひとり旅」が大ヒット。「しかも2つ、年をごまかして」いたともぶっちゃけた。

 すると名古屋でラジオの公開収録があったと言い「誰かが“譲二さん、高校1年の時に甲子園に出られたんですか?”って」と質問があったという。「もう言い訳できないから、“すいません、2つごまかしてます!”ってラジオで言って。物凄く楽になったんですよ」と振り返った。

 「だから『みちのく』がそこそこ売れてくる頃に、28歳って言ったの。30だったんですけど、28にしたんです。若く見えるしみたいな」と苦笑い。甲子園で安打を打たなければ分からなかったと指摘されると、「ヒットじゃないんです。内野安打」と再び言い直して笑わせた。

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