橋幸夫さん告別式 吉永小百合が弔電「明るく優しくリードしてくださいました」 レコード会社社長が弔辞

[ 2025年9月10日 13:20 ]

橋幸夫さん葬儀の祭壇(撮影・会津 智海)
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 4日に肺炎のため82歳で亡くなった歌手の橋幸夫(はし・ゆきお、本名幸男=ゆきお)さんの葬儀・告別式が10日、東京都文京区の無量山傳通院で営まれた。1962年9月にデュエット曲「いつでも夢を」をリリースした女優の吉永小百合が弔電を寄せた。

 当時、橋さんは19歳で吉永は17歳。10代の売れっ子歌手と国民的アイドルの豪華共演が大きな話題を呼び、大ヒットを記録した。吉永は「突然の悲しいお知らせを受け、呆然としております」とし、「橋さんと初めてデュエットさせていただいたとき、お互い10代でした。忙しくてなかなか一緒に歌うことができませんでしたが、舞台では明るく優しく私をリードしてくださいました。今でも深く感謝しています」としのんだ。

 式では橋さんが所属したビクターエンタテインメントの小野明社長が弔辞を読み上げた。

 「橋さんはその長いキャリアの内の多くの期間を我がビクターと共に歩んでいただきました。心から感謝申し上げます。

 実は私大変な弱輩者でありますゆえ、直接橋さんとお仕事させていただく機会が残念ながらございませんでした。

 ですが、その偉大な業績につきましては、もちろん当たり前のように存じております。そしてその中でも個人的には特に主に60年代に出されておりましたリズム歌謡が深く印象に残っております。

 日本的音階あるいは日本の歌謡曲といったものにエレキギターサウンドと様々な海外のリズムをハイブリッドさせたこの試みが和製ポップスとして発展し、そして現在のJ-POPの源流となっていたと認識しております。

 日本人の叙情のそして日本人が伝統的に最も得意とするこの組み合わせの妙、そういった妙を橋さんがリズム歌謡という形で提示されたことで、まさに現在の日本音楽界の基礎を築かれたのだと言っても過言ではないと思います。

 そんな橋さんに大変長い間ビクターに所属していただいたことは我々の誇りです。素晴らしい遺産を残していただきまして本当にありがとうございました。

 我が社はいわゆるドメスティックなレコード会社であります。そんな我々に課せられている使命と言えはやはり日本人ならでは日本人しか成し得ない素晴らしい音楽を世に送り出していくことでもあります。

 まさにそんな使命を全うされた橋さんの音楽に対する姿勢というものを我々もしっかりと受け継いでまいりたいと思っております。

 残念ながら橋さんはこの度ご逝去されましたが、橋さんの残された歌音楽はこれからも人々の心に永遠に生き続けます。

 しっかりとこの遺産を受け継ぎ、そして更にそれを次世代へと引き継いでまいります所存です。橋さん本当にありがとうございました。

 ご冥福を心からお祈り申し上げます」(一部抜粋)

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