露口茂さん死去 「太陽にほえろ!」の「山さん」で人気 裕次郎さん「“太陽”になくてはならない男」

[ 2025年9月2日 10:45 ]

露口茂さん(1986年3月撮影)
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 人気ドラマ「太陽にほえろ!」の「山さん」こと山村精一警部補役や今村昌平監督の映画などで活躍した俳優の露口茂(つゆぐち・しげる)さんが死去したことが2日、分かった。93歳。松山市出身。1995年、スタジオジブリのアニメ映画「耳をすませば」に猫のバロン役で声の出演をしたのを最後に表舞台から遠ざかっていた。

 主婦層に絶大な人気を誇った“永遠のナイスミドル”が静かに逝った。戦時中は両親の故郷である愛媛県松山市に疎開し、県立松山東高校を卒業。一学年下にノーベル賞作家の大江健三郎さんや映画監督の伊丹十三さんがいた。愛媛大学に通いながら、NHK松山放送劇団のメンバーとしてラジオドラマなどに出演した。

 大学を2年で中退し、55年に俳優座演劇研究所附属俳優養成所に第7期生として入所。同期に井川比佐志(88)、田中邦衛さん、藤岡重慶さんらがいた。58年に養成所を卒業し、劇団新人会に入団。59年に「逃亡者」「女子大生 私は勝負する」で映画デビューを果たした。

 その後、劇団新人会を退所し、60年に小沢昭一さんらと劇団俳優小劇場の旗揚げに参加。62年、今村監督が作・演出・脚本を務めた舞台「パラジー神々と豚々」に北村和夫さんらと出演した。71年の小劇場解散後も舞台に出演する一方で、今村監督の「赤い殺意」(64年)や山田洋次監督(93)の「霧の旗」(65年)に出演。あくの強い役どころを熱演して評判を呼んだ。

 67年には今村監督のドキュメンタリー映画「人間蒸発」にリポーター役で出演。蒸発した男の行方を、その妻と一緒に追ううちに、女性が露口に思いを寄せるというハプニングも生まれた。

 71年4月から1年間にわたって放送されたNHK朝の連続テレビ小説「繭子ひとり」では、露口さんが演じた編集長が病に倒れて死にそうになると、視聴者から助命・延命の嘆願書が多く寄せられる現象を生んだ。72年7月からは「太陽にほえろ!」に「落としの山さん」役で出演。86年4月に殉職するまで13年9カ月、691話にわたって演じ、代表作となった。番組の岡田晋吉プロデューサーが真っ先に出演交渉したのが露口さんだったという。

 推理力と洞察力を駆使して容疑者と対じする「山さん」は主婦層を中心に人気を誇り、とりわけ、病弱の妻の命を守ろうと奔走する第23話「愛ある限り」と第206話「刑事の妻が死んだ日」は名作とされる。番組に寄せられるファンレターも常に1位か2位で、ボスこと石原裕次郎さんも「“太陽”になくてはならない男」と露口さんを評した。

 「太陽にほえろ!」出演中は、同ドラマに軸足を置いたため他のドラマや映画への出演は少なくなったが、76年放送のNHK大河ドラマ「風と雲と虹と」で演じた関東の豪族や、向田邦子さん原作の同局ドラマ「阿修羅のごとくパート2」(80年)などで存在感を示した。81年のTBS「父母の誤算」では初の連ドラ主演を務めた。

 80年に今村監督の「ええじゃないか」で約10年ぶりの映画出演を果たし、84年にも五社英雄監督の「北の螢」に出演している。94年のテレビ朝日「森村誠一の終着駅シリーズ」第4作「碧の十字架」に主演したのが映像に残る最後で、翌95年の「耳をすませば」が文字通りのラスト作となった。2013年に週刊女性のインタビューに「役者として復帰は特に考えていません」と述べ、事実上の引退宣言とみなされた。

 絶版となっていた「七曲署シリーズ露口茂in太陽にほえろ」が復刊ドットコムによって19年に復刊され、大きな話題を呼んだ。

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