水森かおり「なんて場所が舞台」文字通り“崖っ縁”だった下積み時代 レコード会社は「次の曲が最後」

[ 2025年8月26日 15:41 ]

水森かおり
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 歌手の水森かおり(51)が26日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」(月~金曜後1・00)にゲスト出演。自身の生い立ちを振り返った。

 東京都北区出身の水森。実家は自動車工場を営んでおり、祖父母や叔父ら大家族に囲まれて育った。子供の頃は、父に連れられ姉とスナックで歌を披露したといい、水森は「当時は森昌子さんとか八代亜紀さんとか。越冬つばめとか愛の終着駅とか、ああいった大人の歌を4歳、5歳で」と回想。のど自慢番組に出演した姉に続いて、自身も出場。歌好きだった父から歌唱指導を受けた。

 今ではデビュー30周年を迎え、2003年の初出場以来、紅白歌合戦では22年連続出場を誇る人気歌手に。全国の地名を歌詞に織り込んだ“ご当地ソングの女王”としても知られ、47都道府県で残すは福岡と徳島のみ。とはいえデビューから7年間はヒット曲に恵まれず、3、4年目の頃には「次の曲が最後だよ」と、レコード会社から通告もあったという。

 しかし8年目でリリースした「東尋坊」が話題に。当初水森は「なんて場所が舞台なんだろう」と衝撃を受けたといい、実際に同地で撮影したミュージックビデオの撮影では「監督が“もっと前、もっと前”って言って、凄い崖っ縁に立たせようとする。凄くドキドキしながら撮影した」と振り返った。

 またその由来について「もうデビュー8年目で、水森さんは歌手としても崖っ縁。だから東尋坊にした」との説明を受けたことを告白。さらに作曲家・弦哲也氏からは「自分がどういう顔をして歌ってるとか、綺麗に見られようとか思うなって言われました。青筋立てて、この歌を一生懸命歌えと」と明かし、音階に高低差のある同曲を「なりふり構わず歌え」との助言があった。

 その言葉のおかげか、「今まででしたら商店街で歌ってても、通り過ぎて行くお客さまのほうが多かった。でも東尋坊になると皆さんが足を止めて歌を聞いて…引きつけられるように、吸い寄せられるように皆さんが」と反響が。翌年に発売した初めてのご当地ソング「鳥取砂丘」では、紅白歌合戦に初出場したが、水森は「この東尋坊って歌があったからこそ出会えた歌だと思うので、この2曲はホントに私にとっては大切な作品」と改めて感謝していた。

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