松岡修造氏「かなわないわ…」 ウィンブルドンで最強相手に大激戦 ピンチで弱音…その時、父は

[ 2025年8月18日 22:07 ]

松岡修造氏
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 元プロテニス選手でスポーツキャスター松岡修造氏(57)が、18日放送のNHK「ファミリーヒストリー」(月曜後7・30)にゲスト出演し、テニスを巡る父・功氏や家族とのエピソードを披露した。

 86年にプロデビューし、98年の引退まで世界を相手に戦った松岡氏。小2でテニスを始めたが、実力は兄・宏泰氏(現東宝社長)に劣っていたという。

 高校でもテニスに打ち込んだ松岡氏だったが、父からは「このままだらだら続けるくらいなら、もうやめた方がいい」と“引退勧告”もされていた。功氏も元テニス選手で、デビス杯日本代表にも選出されるほど将来を嘱望されていたが、松岡氏はその事実を知らなかったという。

 松岡氏は意を決して、慶応高を自主退学し、テニスの名門として知られる柳川(福岡)に転校。テニス選手として夢を追いかける決断をした。その後、名伯楽として知られるボブ・ブレットに見いだされ、才能が開花。世界を目指すほどに急成長を遂げる。

 松岡氏にとってテニス人生最大のハイライトは、95年のウィンブルドン選手権。日本人として62年ぶりに8強に進んだ。準々決勝の相手は、強豪サンプラス。テニス選手なら誰もが憧れるセンターコートで、世界最強の選手と戦った。そのコートサイドでは、多忙を押して駆けつけた功氏、母・静子さんが見守っていた。

 第1セットを先取した松岡氏だったが、続く2セットを取られ逆転を許す。絶体絶命のピンチで、両親に歩み寄って弱音をつぶやいたという。

 「うちの母と父がいてコーチがいて。あーって、わざわざあえてそこを通って、“かなわないわ”と言った時に、うちの母は“これからよ!”って言ったわけですよ。“頑張りなさいよ!”って。うちの父は…」

 父は言葉を発さず、ただコートの中心を見つめていたという。無言のメッセージと受け取った松岡氏は、死力を尽くして戦ったが、敗れ去った。試合後、感想を問われた功氏は「やはりサンプラスはうまいですね」と、対戦相手に賛辞を送ったという。

 言葉はなくとも伝わる、父と子の絆。松岡氏は「本当に僕は幸せだなと思いますね。本当に家族、両親、兄弟、最高なんですよ」としみじみ語っていた。

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