あの日、声帯結節で歌えなくなった――それでもラストランプ・ayakiはステージに戻ってきた

[ 2025年7月31日 15:00 ]

【画像・写真2枚目】「パッと開く火華 散る夜に」――ラストランプ・ayaki、新曲「白夏(すさなつ)」に宿る儚さとライブでの真価(撮影・yu-mi)
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 4人組ガールズバンド「ラストランプ」のボーカル・ayakiが、スポニチ東京本社でソロインタビューに応じた。新曲「白夏(すさなつ)」は、燃え尽きる恋を花火に重ねた儚いラブソング。だがその歌声の裏には、かつて声を失い、夢を諦めかけた時間が刻まれている。

【ayaki連載①】「パッと開く火華 散る夜に」

 佐賀育ちのayakiが音楽に目覚めたのは小学5年生。卒業前の集会で6年生が披露したバンド演奏を見て、胸が高鳴った。「バンドってかっこいいなって思ったんです。友達に誘われて始めたんですけど、ボーカルを選んだ理由は単純で、パートが余ってただけなんですよ(笑)」

 初めてカバーしたのはチャットモンチーの「バスロマンス」。同級生の女子だけで10人以上、ボーカルだけでも3人いて、1コーラスずつ歌い分ける部活のような空気感だった。けれど、その中で密かに燃えていた。「他のボーカルには負けたくないって気持ちが一番強かったです。コンテストに出る話もあって、選抜メンバーに選ばれたら絶対自分がステージで歌いたい、って」

 負けず嫌いの性格は、やがて音楽への情熱を加速させる。キッズバンドで地元のコンテストに挑戦し、大学生も出場する大会で最優秀賞を獲得。それが大きな転機だった。バスケットボールや新体操もやっていたが、いつも優先順位はバンド。「私は将来、バンドで生きていくんだ」。夢はどんどん鮮明になった。

 そして高校卒業と同時に上京。19歳で所属バンドは「がんばれ!Victory」としてメジャーデビューを果たす。夢が叶った瞬間だったが、プロの世界は甘くなかった。

 「趣味や部活の延長とは違って、人からお金をいただいてステージに立つ責任の重さを痛感しました」

 デビューから2年が過ぎた頃、体に異変が起きた。歌うとすぐに喉が枯れ、日常会話もガサガサになる。診断は声帯結節。

 「音楽どころか何もしたくないってくらい落ち込みました。バンドもメジャーデビューから2年で解散してしまって、21、2歳の頃は“もう終わった”って思ってましたね」

 夢を追うためにすべてをかけたはずなのに、自分の武器だった声を失った。家に閉じこもり、あれほど大好きだった音楽すら聴けなくなった。決まった人にしか会わず、映画やドラマで時間を潰す日々。役者として舞台に立ったりCM出演をこなしたが、心の奥底にある音楽への想いだけは消えなかった。

 そんなとき、今のプロデューサー・遊佐駿介氏から一本の連絡が届いた。

 「ライブやんないの?」

 ラフな問いかけが不思議と心に残った。「ステージに立ってほしいと思ってくれる人がいるなら、もう一度やってみよう」。そして再び音楽と向き合い、気づいた。「バンド、またやりたいな」

 遊佐氏の声掛けで集まった4人で2021年に結成したのが「ラストランプ」。由来はラストトランプ、日本語で“最後の切り札”。

 再びバンドとして立った初ステージの景色は、感慨に浸る余裕すらなかった。「全然記憶になくて(笑)。子どもの頃にやっていたバンドと違って、大人になってもう一度1から作るのはとにかく精一杯で、『ラストランプというバンドができました!』って、それだけを届けるために立ってました」

 活動を続ける中で、胸に置いている言葉がある。佐賀から上京したての頃、母親が仕送りに添えてくれたメッセージだ。

 「明るく、楽しく、文稀(あやき)らしく」

 バンドの顔であるフロントマンとして、自分がまず明るく、楽しく、そして自分らしくいなければ、人には何も届かない。今もずっと、その言葉を一番大事にしている。

 声を失い、夢を諦めかけた時間さえ糧にして、ayakiは再び歌う。あの日の挫折があったからこそ、今のステージには深い感情とリアルな説得力が宿っている。

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