【細川たかし 我が道1】「おバカさん」のまま半世紀 苦節なし、下積みなしの“歌バカ一代記”

[ 2025年6月2日 19:00 ]

先月行われた「MUSIC AWARDS JAPAN2025」に出演した細川たかし
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 1996年10月からスポニチ本紙で連載されてきた「我が道」。スポーツ界、芸能界の著名人が自らの半生を1カ月間連日つづる、好評企画です。今月からアネックスでも連日掲載します。第1弾は明るいキャラクターで人気の演歌歌手・細川たかしさんです。

 ハアー、アーアアー、細川たかしでーす!今月の「我が道」は私です。何しろ、今年は歌手生活50周年ですからね。あっという間に半世紀がたってしまったという感じです。だいたい演歌歌手っていうと「苦節〇年」とか、下積み〇年とか、苦労とか、つらいとか、どこか暗いイメージが付きまといますが、こと私の場合はそんなこと一切ありませんね。ネアカで能天気というか、あまり物事を難しく考えないタイプだからでしょうかね?

 そうはいっても、この連載の掲載中に75歳になります。歌手デビューしたのは24歳の時でしたから、それなりの道のりはあります。雪とジャガイモと羊蹄山以外は本当に何もない、北海道の真(まっ)狩(かり)村で生まれ、育ち、気が付いたら歌手になっていました。まあ、私にとんでもない強運と才能があったということなんでしょうね。ハハハ。

 おかげさまで、子供の時から現在に至るまで、ほとんど大病もせず、元気に歌ってくることができました。丈夫な体と喉に産んでくれた親に感謝するしかありません。やはり、無事これ良馬ではないですが、体が資本で基本。どんなに素晴らしい声で素晴らしい歌を歌えても、1曲だけで終わったら、お客さんに喜んでもらえないし、もったいない限り。私の場合、今もレコーディング時のオリジナルのキー(音階)で歌うことができて、声量も衰えていないのは自慢の一つです。

 振り返ってみると、人生の恩人と呼べる、さまざまな方との出会いがありました。そのタイミングで出会っていなかったら、全く違う道のりだったでしょう。そこに人生の妙がありますねえ。そもそも、末っ子ですから、子供の頃から先天的に調子がよかった部分はありました。アドリブというか、瞬発的な対応力で、うまく人生の荒波の中を泳ぐ嗅覚が優れているのかもしれません。

 私自身は、作詞家や作曲家の先生の弟子になって修業した経験はありません。しかし、いつしか私を慕ってくれる後輩の歌手ができました。かつて自分も発掘してもらった経験があるからこそ、才能ある若者に、私の経験や技術などを伝えて、彼らに人気歌手になってもらいたいと願う気持ちがあります。キャラクター的に「先生」と呼ばれる柄ではありません。でも、真面目な話、次の世代に残したい、日本の歌や心は、彼らにしっかりと受け継いでもらいたいと願っています。

 ♪私バカよね おバカさんよね…とデビューしたのが50年前、1975年4月1日です。もし、このデビュー曲「心のこり」が売れなかったら、また北海道に戻ればいいや、と半ば開き直って歌っていたことを思い出します。今思うと、その後も「おバカさん」のまま歌ってきました。やっぱり、子供の頃から歌が好きで好きでたまらない、ただの「歌バカ」なのです。これから1カ月間、そんな「歌バカ一代」の話にお付き合いください。よろしくお願いいたします!

 ◇細川 たかし(ほそかわ・たかし)1950年(昭25)6月15日生まれ、北海道出身の74歳。札幌・ススキノのクラブ歌手時代にスカウトされ、75年4月に「心のこり」で日本コロムビアからデビュー、第17回日本レコード大賞最優秀新人賞。82年「北酒場」、83年「矢切の渡し」で史上初の日本レコード大賞2連覇。84年「浪花節だよ人生は」で同賞最優秀歌唱賞を受賞し「レコード大賞3冠」を達成。ほかに「望郷じょんから」など。

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