ドランク鈴木拓 小4で柔道県大会優勝するも家庭の事情で断念…格闘技への思い再燃のきっかけ明かす

[ 2025年4月11日 13:52 ]

「ドランクドラゴン」の鈴木拓
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 お笑いコンビ「ドランクドラゴン」の鈴木拓(49)が10日放送のMBSラジオ「アッパレやってまーす!」(月~木曜後11・30、土曜深夜0・00)に出演。格闘技を始めたきっかけについて語った。

 格闘技の話題になり、鈴木は「総合とか何でもやってました」と切り出し、「元々は子どもの頃の柔道が基本。でも打撃もやったり…」と話し始めた。

 柔道を始めた時期について「小学校に入る前とか」といい、そのきっかけは父親だったと告白。「みんなプールとか行ってるのに、俺だけ柔道をやらされて、めっちゃ嫌でした。みんながプールから帰って外で遊んでるのに、俺1人だけおじいちゃんの応接間に入れられて、『(テレビで)柔道やてるから見ろ』って言われて正座して見させられた」と回想した。

 その柔道も「小4ぐらいまで。県大会で優勝したぐらいまで(で辞めた)」と明かすと、一同は驚がく。お笑いタレントのビビる大木が「なんでそこまで行ったのに、小学校の変なところで辞めたの?」と惜しむと、鈴木は「いやあの…」と言い淀みつつ「ちょっと切ない話になるんですけど、親が離婚して俺は違う地域に行ったんで」と打ち明けた。

 さらに「お母さんのほうに行ったんで、だからもう柔道は続けず。経済的にもお金がないから」と説明した。

しかし進学した中学校では"プロレスごっこ"が流行。「みんなで格闘技系の遊びをやるんですけど、一切負けず。柔道で基本をやってたからで、そこからのめり込みました」と話した。

 その後「中学卒業する時にはプロレスラーになりたくて、中学卒業したらメキシコに行かせてくれって親に言ってたぐらい」とメキシコでの修行を望んだが、母親から「それは日本では出来ないのか?」と言われて断念。「高校になったら部活があって、忘れちゃいましたね」と笑った。

 とはいえ高校で入部したのは「サッカー部」。鈴木としては「足腰を鍛えようと思って」との理由だったが、プロレス熱は冷めていた。

 格闘技への思いが再燃したのは18歳の頃。「何でもありの大会があって、金網があって、マンガみたいな設定でいろんな格闘技の人が集まって、誰が一番強いかみたいな」と解説。そこで「一番小さくてガリガリのやつが優勝したんですけど、1発も殴らず、ただ絞めと関節技で勝ったホイス・グレイシーを見て、"なんじゃこりゃ!?"ってなって」と、ブラジルの総合格闘家の名前を挙げた。

 「130キロぐらいのやつを70キロぐらいの人がバンバン倒していく。コレすげえ!ってなって、近所で柔術を教えていたブラジルの方に教わりに行ったのが始まりでした」と語ったが、気づけば芸人に。その経緯について鈴木は「迷ったんですよ、芸人か格闘家か経営者か。結局気がついたら芸人になっちゃってましたね」と語った。

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