立川志らく “さら”なる大技へ「火が付いてる」 けん玉の絆 師・談志に負“けん” “大河落語”構想も

[ 2025年3月30日 05:20 ]

「立川談志」の千社札が貼られたけん玉を手に笑顔を見せる立川志らく(撮影・木村 揚輔)
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 【エンタメ カレイドスコープ】落語家の立川志らく(61)が今年、入門から40周年を迎えた。落語だけでなく、TBS「ひるおび」のコメンテーター、舞台演出、映画監督と活躍は幅広い。「誰よりもいろんなことをいっぱい詰め込んだ40年」と活動を振り返る。原点の一つは、師匠の立川談志さん(2011年死去)から前座時代にもらったけん玉だ。還暦を過ぎても、志らくの中に生き続ける談志さんの教えとは。(前田 拓磨)

 1985年に談志さんに入門して40年。落語以外にも、TBS「ひるおび」などで鋭く社会問題に切り込む姿も印象的だ。そんな40年の歩みを振り返るインタビュー取材の場に持参したのは、師匠からもらった年代物のけん玉だった。「今にも糸が切れそうだ」とつぶやきながら、軽やかに操ってみせた。「立川談志」の千社札が貼られた思い出のけん玉は原点の一つだ。

 「こんなに怖い大人がいるのか」。入門当初は恐れしかなかった。前座時代のある日、談志さんから「近頃のヤツはけん玉なんかできやしねえだろ」と挑発された。だが、志らくの父・新間英雄さんは競技用けん玉を開発した第一人者。自身も幼少期に「もしもしかめよ」の1分間の回数の世界記録を樹立するなど実力者だった。即興で技を次々と披露し、師匠をうならせた。

 入門から1年の前座が示した芸に、談志さんは書斎に飾っていた大事なけん玉を託す形で応えた。「本来は口もきけない立場。初めて師匠に認めてもらった。物をもらうこともほとんどなかったので、本当にうれしかった」と鮮明に覚えている。それは弟子になかなか本音を言わなかった談志さんなりの愛情表現だったのかもしれない。「師弟の関係は永遠に変わらない。生きていたらどう言うか。想像で教えを請う」。今も家でけん玉から師匠に思いをはせる。

 厳しい環境で学んだのは「自分で演出する力」。稽古をつけてもらった噺(はなし)はたった3席、掃除をしても家でご飯を食べさせてもらうことはほとんどなかった。その代わりに「下手に教わるな。名人のレコード、CDでも片っ端から覚えろ。上手な人から学べ」と教えられた。

 そこで行ったのは、過去の名人の良いところを取り入れて、ネタを再構成することだった。話芸も談志さんの模倣は避ける。そうして「シネマ落語」など独自の道も開拓し、「立川四天王」と呼ばれる人気落語家に上り詰めた。「2010年の25周年で『らくだ』をやった時に“俺のやりたいことは、お前がやっている”と言ってもらえた」。師匠から認められた瞬間を柔和な表情で振り返った。

 「俺の未練は太田に置いていく」。これは11年に亡くなった談志さんが生前、「爆笑問題」の太田光(59)に宛てた言葉だ。弟子を差し置いての言葉に、当初得心がいかなかった。だが、周囲に話を聞くうちに、当時知名度が低かった自身に対する激励の言葉だと解釈した。「私に一番足りないのは知名度だというのを、ずっと談志は気にしていたということなんです」

 志らくはすぐに行動に出た。「テレビタレントになるのは絶対に嫌だ」という考えを捨て、芸能事務所に入り、「ひるおび」などのテレビ番組に積極的に出演。鋭いコメントが話題を呼び、知名度はグンとアップした。19年にはTBS「グッとラック!」で朝の帯番組のMCに挑戦。「談志に対する恩返しになったはず。一番喜んでいるんじゃないでしょうか」。死してなお、師匠の言葉は道しるべとなっている。

 「誰よりもいろんなことをいっぱい詰め込んだ40年。同世代の落語家の中で、芸能の経験だけは負けない」と胸を張る。その言葉通り、テレビ、舞台、映画と活躍の場は多岐にわたる。「師匠より優れていると思うのは、60代になって諦めではなく、さらに火が付いてるところ」。現在取り組んでいる自身の落語大全集の完成後には、古典落語全てをつなげた大河ドラマのような落語を作ることを夢見る。皿から皿へ。激しく玉が揺れるけん玉のように志らくの情熱は衰えない。

 ≪40周年記念落語会 談志さんの十八番「黄金餅」に自信≫4月1日に東京・新宿の紀伊国屋ホールで40周年記念落語会を開く。テーマは「談志十八番」「志ん朝十八番」。談志さんと古今亭志ん朝さんが得意とした4席を披露する。中でも志ん朝さんが得意とした「火えん太鼓」は、談志さんから最初に認められた思い出深い一席だ。また談志さんの十八番「黄金餅」は今年になってついにマスター。「しっくり十八番に近い形でできるようになった」と自信を口にした。

 ◇立川 志らく(たてかわ・しらく)本名新間一弘(しんま・かずひろ)。1963年(昭38)8月16日生まれ、東京都出身の61歳。日大芸術学部在学中の85年10月に立川談志さんに入門。95年、真打ちに昇進。2019年日本メガネベストドレッサー賞文化界部門受賞。18年から22年まで5年間M―1グランプリ審査員を務める。

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