みのもんたさん死去 文化放送時代の後輩・吉田照美が追悼 入社試験で試験官「ら行が弱いねと言われ」

[ 2025年3月1日 15:32 ]

文化放送時代のみのもんたさん
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 司会で人気を博したタレントみのもんた(本名・御法川 法男=みのりかわ・のりお)さんが死去した。80歳。東京都出身。2019年に国指定の難病であるパーキンソン病と診断され、病と闘っていた。

 元文化放送アナウンサーでフリーの吉田照美(74)は1日、同局「伊東四朗 吉田照美 親父・情熱」(土曜後3・00)に出演し、みのさんを追悼した。

 吉田にとってみのさんは、文化放送時代の先輩。強烈な思い出があるという。「(みのさんが)音声試験の試験官だったからね。“ら行が弱いね”と言われて、落ちたと思ったら受かってた」と振り返った。

 みのさんの個性の強さに、自信をなくしたこともあるという。「こういう人じゃないとアナウンサーをやっていっちゃダメなんじゃないかなというくらい。慣れたけど、長続きしないなと思わされた」とも打ち明けた。

 みのさんは立教大卒業後、1967年に文化放送に入社。69年に「セイ!ヤング」の初代パーソナリティに抜てされ、ディスクジョッキーの先駆けとなり、深夜放送ブームをけん引した。79年に退社後、83年にフジテレビ「プロ野球珍プレー・好プレー」のナレーションを担当。選手たちのプレーをコミカルかつ軽妙に表現し、大人気を博した。ほか昼の情報番組「午後は○○おもいッきりテレビ」(日本テレビ)、朝の情報番組「みのもんたの朝ズバッ!」(TBS)、「秘密のケンミンSHOW」(日本テレビ)などと、司会を務めた番組は軒並み高視聴率を記録した。05年には「第56回NHK紅白歌合戦」の総合司会も務めた。06年には「1週間で最も多くの生番組に出演する司会者」として、ギネス世界記録に認定された。

 ラジオを経て、テレビに進出してから人気が爆発した、みのさん。吉田は「凄い人だったと思います。でも文化放送にいた時よりもテレビに行った方が大成功したから、みのさんみたいなアナウンサーは今後出てこないだろうな」と寂しそうにつぶやいていた。

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