吉田沙保里さん 中学時代に骨折も…ボルト切って強行出場 アンタ柴田「メカだったんじゃ?」

[ 2024年8月11日 16:21 ]

吉田沙保里さん
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 女子レスリング五輪3連覇の吉田沙保里さん(41)が11日、文化放送「ますだおかだ岡田圭右とアンタッチャブル柴田英嗣のおかしば」(日曜前10・00)にゲスト出演し、現役時代の都市伝説について語った。

 番組リスナーからは、まことしやかにささやかれている、吉田さんの霊長類最強女子エピソードが送られた。中学時代、左手首を骨折しながら全国大会に出場し、優勝したという逸話だった。

 吉田さんは「こんな大変な状況で、できると思います?」と振りつつ、「やりました!」と、うわさが事実であることを明かした。

 吉田の手首には、折れた骨を支えるボルトが長めに添えられていたという。「ボルトが突き出ていたんですよ。手術で。埋まってないじゃないですか?」。父で指導者だった故・栄勝さんからは、長く出た部分をテーピングできる長さまで切ってもらうよう、医師にお願いしに行くよう命じられたという。吉田家では、父の言うことは絶対。「“そんな無茶な?”と母と私が(言ったが)、“行って来い!いいから!”みたいに言われて、病院に行って、先生にお願いして」。父の言いつけに従い、病院に行ったという。

 医師からは、当然のことながら拒否された。「そんな無茶なことできません。何が起こるか分かりませんよ?使えなくなるかもしれません。でも“ここを切ってもらわないと家に帰れないんです”って。手首から。ちょっと長めだったので…」。すると、「ますだおかだ」岡田圭右は「髪の毛やないんだから。襟足やないのよ」とツッコミ「アンタッチャブル」柴田英嗣も「吉田沙保里、実はメカだったんじゃないか?メカ吉田だったんじゃないか?」と“疑い”の目を向けた。吉田さんは「ちゃんと人間です」と否定した。

 吉田さんの懇願が通じ、無事にボルトを短く切ってもらったといい、「(ボルトを)テーピングをガチガチに巻いて出場した」という。

 父がそこまでして吉田さんの出場にこだわったのには、理由があったという。吉田さんは「全国大会で、それに優勝したら次の年の国際大会に出られると。日本代表がかかる大会だった」と説明した。

 当時、吉田さんには同じ階級のライバルがおり、「その子は盲腸だったんですよ」という。「私が骨折で再起不能というのがレスリング界で回っていたので、盲腸を散らして、“私が出たら優勝する”と」。ライバルは盲腸炎の手術を受けず、薬で治療して強行出場したことを明かした。

 ところが、そのライバルの目論見に反して、試合会場には吉田さんが。「当日、会場に行ったら吉田沙保里がいて、マットの上に出てきたと。“盲腸対骨折”で、骨折が勝った」と、誇らしげに語った。試合は吉田さんが勝利。「片手で結構戦って。怖いじゃないですか?ほぼ片手で」と、さらなる驚きの事実も明かしていた。

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