キダ・タローさん死去 “独特の美学”から葬儀で線香はなし、死因も未発表 西田敏行らが追悼

[ 2024年5月17日 05:16 ]

07年、「探偵!ナイトスクープ」に顧問として出演したキダ・タローさん(右)
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 「浪花のモーツァルト」の愛称で親しまれた作曲家のキダ・タロー(本名木田太良=きだ・たろう)さんが14日に93歳で亡くなったことが伝わってから一夜明けた16日、キダさんが長年出演したABCテレビ「探偵!ナイトスクープ」で共演した西田敏行(76)ら親交のあった仲間たちが追悼した。所属事務所代表で歌手の円広志(70)は、来月にコンサートで共演する約束をしていたことを明かした。

 「あの笑顔、あの声、あの可愛いしぐさに触れられないのかと思うと胸が苦しくなります」

 「探偵!ナイトスクープ」の2代目局長として、最高顧問の肩書だったキダさんと約19年間共演した西田は、本紙の取材に悲しみのコメントを寄せた。

 「人生の大先輩ではありますが、可愛い、いとおしい人でした。無常の喪失感と寂しさに襲われています」と大きなショックを受けている。

 探偵局員の一人として30年近く関わった間寛平(74)は「大変ショックです。アホの坂田の歌をはじめ、多くのCMソングも作っておられました。一緒に仕事ができたことが幸せでした」と悼んだ。

 所属事務所によると、キダさんは14日午前6時13分、大阪府箕面市内の自宅で死去した。キダさんは3月29日に「探偵!ナイトスクープ」の収録に参加。その後、食欲が落ちるなど体調を崩したため4月初めに入院した。4月末に退院したものの体調は戻らず、最後は妻でタレントの木田美千代にみとられ息を引き取った。事務所関係者は「年齢的なものもあったかと思いますが体調が戻らず、残念でなりません」と話した。

 この日、円広志が大阪市内で取材対応。葬儀場で安らかに眠っていたキダさんについて「ちょっとお痩せになっててね、これが結構男前でした。奥さんに“えらい男前ですなあ”と話したら“そうでしょ?”って言うてはった」と明かした。

 「線香のにおいが嫌い」「(死因は)老衰だけにはしてくれるな」と“独特の美学”があったといい「家族葬でも線香はなし。お別れの言葉で、老衰なんでしょうけど“自然にお亡くなりになった”としてくれと前々から言ってましたね」と話した。会場ではキダさんが作曲したCMソングを流したという。

 最近は直接会う機会は少なかったが、頻繁にメールでやりとり。「僕が人間関係で悩んでいる長いメールを送ったんですわ。その返事が“あんまり人に近づき過ぎんこっちゃ”。冷たく聞こえるようで深い言葉ですよ」と振り返った。

 6月29日にはキダさんの自宅がある箕面市のホールでコンサートがある。「お近くなんで“出てくださいよ”と頼んだら“ワシ、行くで”と引き受けてくれたんですけどね…」。その約束はかなわぬ夢になってしまった。

《上沼恵美子も懐かしむ「本当のジェントルマン」》
 タレント上沼恵美子(69、写真)が本紙の取材に応じ、キダさんをしのんだ。2人はサンテレビ「ズバリ!悩みおまかせ」で8年ほど共演。ゴルフもよくプレーし「一緒に回った方で大声を出したり、グリーンの上を走り回ったりするとっても失礼な人がいたんですけど、キダ先生だけ最後までその方にも優しくて、本当のジェントルマンでした」と懐かしんだ。

 美千代夫人ともラジオで共演経験があり「キダ先生がいっつもご自分で運転して迎えに来るんですよ。奥さまは先生が毎朝ラーメンを召し上がるので“作らなアカンねん”とこぼしてましたが、仲が良くてうらやましかった」。最後まで第一線で活躍し93歳での大往生に「亡くなったのは惜しいですけど、十分活躍されて“天国へ行ってらっしゃいませ!”って送り出したい気分です」と声をかけた。

《かに道楽も追悼「曲と歴史歩んできた」》
 キダさんがCMソングを作曲した大阪市の飲食店「かに道楽」の担当者は突然の訃報に「弊社は、先生に作っていただいた曲と一緒に歴史を歩んできたと思っていますので、感謝しかありません」と追悼。同曲は現在も店舗などで流され、訪れる人たちに親しまれているとし「今後も使わせていただきます」とした。

《カンニング竹山「全てが勉強」》
 同番組でキダさんが「浪花のモーツァルト」と周知されるきっかけとなった90年2月7日の放送回で探偵を務めた嘉門タツオ(65)が本紙の取材に応じた。キダさんと数多く共演し「お墓どうするんですか?って聞いたら“じゃあくさい!(面倒くさい)”って言ってたなあ」とやりとりを懐かしんだ。カンニング竹山(53)は、自身のSNSで「VTRを褒めてくれた最高顧問。VTRを注意してくれた最高顧問。フリを全て笑いで返す最高顧問。全てが大変勉強になりました」と感謝。番組の構成作家を務めた作家の百田尚樹氏(68)は「音楽の才能もユーモアのセンスも抜群の人だった」とSNSにつづった。

 ▼桂文枝(落語家) 実は亡くなった家内が先生のもとで勉強していて弟子ということになります。先生の曲でデビュー寸前までいったところ、早くに結婚したので先生にはそのことでよく言われました。

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