タツノコプロ元社長・九里一平さん 83歳で死去 「ガッチャマン」「みなしごハッチ」生みの親

[ 2023年7月21日 05:00 ]

九里一平さんの「新造人間キャシャーン」のイラスト(C)タツノコプロ
Photo By 提供写真

 「科学忍者隊ガッチャマン」など人気アニメを多数手掛けたタツノコプロ元社長の九里一平(くり・いっぺい、本名吉田豊治=よしだ・とよはる)さんが1日死去した。タツノコプロが19日に発表した。83歳。京都市出身。葬儀は近親者で行った。

 1950年代に漫画家デビューし「マッハ三四郎」などを発表。長兄吉田竜夫氏(故人)、次兄健二氏らと62年に「竜の子プロダクション」(現タツノコプロ)を設立した。企画、プロデュース、演出、総監督、キャラクターデザインなどを担った。87~94年と2001~05年には社長も務めた。

 幼少期から絵が好きだった九里さんは、古本屋で見つけた米コミック「スーパーマン」などに感化され絵の練習を行った。このことがスタイリッシュな画風の源となった。その後も、挿絵画家をしていた竜夫氏の背中を見て我流で腕を磨いた。

 漫画家として活動する中で、62年に3兄弟で漫画の版権管理などを目的に会社を設立。「絵を動かしてみたい」という思いも抱くようになり、64年からアニメ制作に乗り出した。2作目のアニメ「マッハGoGoGo」(67年)は米国でも大人気となった。

 3兄弟らがアイデアを出し合って作ったタツノコプロ作品。アニメの世界観には時代の潮流も取り込んだ。「昆虫物語みなしごハッチ」(70年)は受験戦争が社会問題化する中、子供たちに自然に対する思いを育ててもらおうと企画した。「科学忍者隊ガッチャマン」(72年)は世界のSFブームの到来を感じて制作。単純なSFものでは冷たい印象になると考え、血の通った人間を描くために科学忍者隊5人の結束に焦点を当てた。

 05年の社長退任後も創作活動に励んだ。やり残したことを考えると時代劇が浮かんだといい、19年に故郷・京都を舞台にした時代劇「暗闇同心 鍔鳴(つばなり)剣屍郎 怨霊斬り」を発表。10年以上かけて描き下ろした作品で、これが人生最後の漫画作品となった。

 自身の職を「商業画家」と表現した九里さん。誕生から半世紀がたった今も多くの人に愛され、次々にリメークされる作品を生み出した人生に静かに幕を下ろした。


 ≪マッハGoGoGo 米で放送→話題に08年には映画化も≫ カーレースをテーマにしたアニメ「マッハGoGoGo」は米国でも「Speed Racer」として放送され話題となった。2008年には同タイトルで映画化もされた。九里さんは米国での反響は「最初から意識していた」と語っていた。ベトナム戦争などで米国情勢が不安定な時期に「父、母、恋人がいて車に乗ったりする平和な家族構成」を描き、一種の憧れを抱かせる仕掛けにして狙い通りの結果になったという。


 ◇九里 一平(くり・いっぺい、本名吉田豊治=よしだ・とよはる)1940年(昭15)1月1日生まれ、京都府出身。59年に描き下ろし単行本「あばれ天狗」で漫画家デビュー。65年に1作目のアニメ「宇宙エース」が放送。ペンネームだった「九里一平」は友人に「目がクリクリしてる」と言われたことから「九里(クリ)」とつけ、氏名全体での数字の合計を“十”にしたいとの思いから“一”が付く「一平」にした。

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