「デューク・エイセス」が5000回記念公演

[ 2010年6月6日 18:54 ]

熱唱する「デューク・エイセス」のメンバー(左から)大須賀ひでき、吉田一彦、谷道夫、槇野義孝

 結成55周年を迎え、同記念CD2枚組「デューク・エイセス 55周年記念盤」(発売=EMIミュージック・ジャパン)が好調の4人組男性コーラスグループ、デューク・エイセス=リーダー&バリトン・谷道夫(75)、セカンドテナー・吉田一彦(74)、バス・槇野義孝(74)、トップテナー・大須賀ひでき(53)=が6日、東京・中野区のなかのZEROホールで「百歌繚乱」と銘打ったワンマンコンサート5000回達成記念コンサートを開いた。

 550席の会場は、往年のファンで満席の中、リーダーの谷が「これだけ長い間、歌わせていただいたのも皆さんのお陰です。お礼の言葉もありません。今日は、5000回目のコンサートになりますが、昭和30年(1955年)8月1日にいまの代々木公園にあった米軍クラブワシントンハイツ内「officer’s club」で初めてのステージを踏んで以来、ずっと歌ってまいりました。今日は『百歌繚乱』と題して、たくさんの歌を皆さんにお楽しみいただきたいと思います」とあいさつ。

 結成した年に公開され大ヒットした映画「慕情」の同タイトル主題歌をはじめ、黒人霊歌「Dry Bones」、オリジナルヒット曲から「女ひとり」「筑波山麓合唱団」「おさななじみ~その後」、昭和のヒットメドレーから「遠くへ行きたい」「岬めぐり」「いい日旅立ち」、思い出のポップスメドレーから「Love Me Tender」「Only You」など全20曲を熱唱した。 最後に最年少メンバーの大須賀が「デューク・エイセスには1635曲のレパートリーがあり、とても1日ではお届けできませんので、この続きは60周年で…」と言い、谷は「そのときは、杖だけはつきたくないですね」と笑わせた。

 昨年11月に亡くなった飯野知彦さんの代役として昨年7月に加入した大須賀以外の3人は、結成当時からのオリジナルメンバーで、日本を代表するコーラスグループとして55年もの長きにわたって第一線で活躍してきた理由を、谷は「お互いに尊敬し合ってきたから…」、吉田は「結成したときは、今日からもうプロでいくというグループでしたからそう簡単にはバラバラにはなれないと…」、槇野は「コーラスが好きだったから…」と答え、加入して間もない大須賀は「トップテナーは僕で5代目ですが、駅伝でいえばずっとつながってきたタスキをかけさせてもらったわけなので、その責任感と誇りをもって自分に与えられた区間を走り続けていきたい」と話していた。

 5000回達成という記録は、日本人アーティストとしては初めてだそうで、リーダーの谷はその第1回目のコンサートから今日まで55冊もの手帳に記録し続け、その一部を初公開しながら「米軍キャンプから始めて、2、3年たったころからコーラスでごはんが食べられるかなと思い、それからは細かく手帳に記すようになりました。55冊の手帳は僕の自宅に保管してありますが、デューク・エイセスが歩んできた貴重な記録です」と感慨深げだった。

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