赤じゅうたんでお別れ…森繁さん葬儀に1500人

[ 2009年11月21日 06:00 ]

森繁久弥さんの葬儀・告別式で焼香する参列者

 10日に老衰のため96歳で亡くなった俳優森繁久弥(もりしげ・ひさや、本名同じ)さんの葬儀・告別式が20日、東京・青山葬儀所で営まれた。一般の弔問客を含む1500人が参列し、祭壇のある式場には異例のレッドカーペットが敷かれた。小林桂樹(85)、黒柳徹子(76)ら芸能界の後輩たちのほか、小泉純一郎元首相(67)ら各界著名人が駆け付け、昭和の巨星の旅立ちを見送った。

 「知床旅情」など森繁さんの歌声が流れる式場に敷かれたのは、エンターテインメントの象徴、レッドカーペット。青山葬儀所のカーペットは紺やグレー、ブルーが一般的。森繁さんの次男で喪主の建(たつる)さんら遺族が「華やかなイメージで送りたい」とアイデアを出し、告別式としては異例のまぶしさを放った。旅立ちの“舞台”は、スターらしさと、家族を愛した好々爺(や)の温かさで満ちあふれたものとなった。
 森繁さんが赤、黄色を好んでいたため、祭壇はバラ、コチョウラン、かすみ草などで彩られた。眼鏡をして笑う遺影は03年に撮影されたもの。朗読CD「望郷詩集」の記者会見時のもので、故人もお気に入りの一枚だ。法名の文字は、建さんの三女、ちえこさんの自筆。森繁さんの好物だった「とらや」のまんじゅうが参列者に配られた。
 11日に荼毘(だび)に付された遺骨の隣には、91年に大衆芸能の分野で初めて受章した文化勲章、天皇陛下からいただいた香典に当たる祭粢(さいし)料が掲げられた。戦前戦後と激動の昭和を憂い、生きた森繁さん。特に昭和天皇とは茶会に招かれ交流を深めるなどし、89年の崩御の際には「私は陛下の一回り下ですが、大正に生まれて生涯を昭和天皇とご一緒してきた思い。一つの時代が終わったと強く感じます」と話していた。
 あいさつした建さんは「天皇皇后両陛下の温情あふれる哀悼のお言葉をいただきまして、身の引き締まる思いで御弔辞をちょうだいし、父の霊前に謹んでささげさせていただきました。日本人として生まれた父としては無上の喜びを持って旅立つことができます」と亡き父の気持ちを代弁した。
 遺骨は妻の万寿子さんと長男の泉さんが眠る台東区谷中の墓に納骨されるが、告別式に参列できなかった後輩たちから「自宅で手を合わせたい」という声が上がっているため、もうしばらく先になる。

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